金庸『碧血剣』全3巻
金庸だから面白くないわけはない。が、金庸にしてはそれほど面白くない。これが正直な感想。初期作品だからかね。今なら『射?英雄伝』も文庫化されているから、金庸入門にはこっちを読んだほうがよかろうと思う。
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さまざまなサイトで「金庸入門には恰好の作品」と評価されているけれども、私はそれほどお勧めしようとは思わない。いや、確かに面白いけれども、『笑傲江湖』『射?英雄伝』『天龍八部』などの傑作に比べると劣る。袁承志のキャラクターにはさして取るべきところがないし、この主人公は最初からめっぽう強いのでピンチらしいピンチにも陥らない。作品の分量が少ないので物語が充分に膨らんでいないし、分量が少ないわりに物語展開のスピード感は『笑傲江湖』に及んでいない。ただ、登場時すでに死体になっているにも関わらず、多くの登場人物の行動に影響を与えている邪侠・金蛇郎君の存在感には見るべきものがある。その娘でヒロインの夏青青も、登場時は人殺しをなんとも思わない残酷なキャラクターでインパクトがあるが、話が進むとその冷酷さが消えて、ただの我が侭娘になってしまうのが惜しい。
金庸を全部読むつもりならともかく、特に優れた作品だけつまみ食いするつもりなのであれば読む必要はないと思う。金庸初読者にはこれよりも『射?英雄伝』をこそお勧めしたい。
※この小説の第八章に、南京にやってきた夏青青が船頭に売れっ子の芸妓は誰かと尋ねる場面がある。ここで船頭は「卞玉京、柳如是、董小宛、李香君」と名を挙げるが、このうち李香君と卞玉京は清代戯曲の名作『桃花扇』の登場人物である。こういうふうにさり気なく古典を踏まえているあたりが、中国で文学者にも人気が出たゆえんだろう。