トーマス・オーウェン『黒い玉』
- 作者: トーマス・オーウェン,加藤尚宏
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2006/06/27
- メディア: 文庫
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「心配なさらなくていいわ、お金の無心じゃありませんから。じつは、とても重大な打ち明け話をあなたに聞いていただきたいと思って。わたしの過去にまつわることなのだけれど、誰かわたしのことを理解してくれる人にざっくばらんに話してしまう以外に、それから逃れようがないものだから」
「でもなぜ……」
「あなたにかって? だって、お友達や親戚の中には、これからお話しようと思っていることに堪えられる力のありそうな人間は見つからないし、それにあなた自身、人間の密かな陰謀や運命の悪戯にたいへん興味がおありだから――と聞いたわ――、頭がおかしいと思わないでわたしの話を聞いてくださると思って」(「蝋人形」、139ページ)
怪奇趣味の強い短篇集。
分身、殺人、髑髏、吸血鬼、不気味な来訪者――道具立てには新鮮味はない。ならこの作品集の価値はどこにあるか? それは雰囲気にある。端正で細密な文章は読者の恐怖を煽るのに充分な迫力を持っている。
それにしても、ほぼ同じ時期に文庫化されたマコーマック『隠し部屋を査察して』の奇想に比べると、いずれの作品も着想がいかにも上品、いかにも趣味が良すぎて、インパクトが弱いのは否めない。
最初に収録されている「雨の中の娘」が一番お気に入りで、次は「バビロン博士の来訪」と「蝋人形」。「売り別荘」はオチの逆転が面白く、他の作品とはちょっと変わっていて楽しい。