書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

オノレ・ド・バルザック『アネットと罪人』

 これもまだまだ若書きな感じがするの〜。才能のひらめきは見せているけれども、やはり『ゴリオ』『ベット』などには及んでおらんわい。しかし、水声社バルザック幻想・怪奇小説選集の続刊『ユルシュール・ミルエ』は「人間喜劇」シリーズの作品だから、巨匠の筆もこの二冊よりは成熟していよう。楽しみじゃな。ほっほっ。

アネットと罪人 (バルザック幻想・怪奇小説選集)

アネットと罪人 (バルザック幻想・怪奇小説選集)

だがこの悪魔が、あなたの幸せを絶えず見守るのです。(210ページ)


 敬虔な少女アネットは、従兄シャルルと結婚するため、乗合馬車で従兄の故郷ヴァランスへ向かうが、途上での事件をきっかけに、二人の関係は破綻し、アネットは同乗者デュランタルに心を寄せる。不吉な予感に苛まれながらも、アネットはデュランタルと結婚するが、二人の前途には破滅が待ちうけていた――。

 デュランタルと彼の部下ヴェルニクトはもと海賊、神を怖れぬ人物として描かれる。シャルルと決裂したアネットだが、信心を持たないデュランタルと一緒になることはできない、というわけで、デュランタルの改心が前半の山場となるのだが――惜しいかな、改心の描写がやや冗長な上、改心以後、デュランタルはキャラクターが漂白されてしまって、今一つ存在感を欠くようになってしまう。
 「天使」アネットや改悛者デュランタルの造型がやや精彩を欠いているのにひきかえ、作品の末尾までピカロかつロマンな存在感を保ち、小説世界を引っぱり続けるヴェルニクトの描写は出色、この人物はまことにかっこいい。また、公爵の愛人に取り入って職を得ようとするシャルルなどもバルザックらしいキャラクターだろう。総じて、悪人を描く筆は後年同様に冴えているが、善玉は「人間喜劇」ほどにはよく描けていないという印象だ。
 筋運びについては、中盤、悪漢小説としての緊張感がちょっと欠けるかな、と思ったが、終盤は怒涛の展開で目が離せなくなる。ことにヴェルニクトの死を描く結末部分は凄絶で、思わず息を飲んだ。