書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

アナトール・フランス『ペンギンの島』

 アナトール・フランスはいいよ〜すごいよ〜みんな彼のことを軽んじすぎだよ〜。
 まあね、近現代フランス文学史を見るとき、どうしてもダダとかシュルレアリスムとかヌーボーロマンとかの派手なところに目が行っちゃうのは仕方ないんだけどさ。でも「現代に相応しいもの」を読むとなれば、ブルトンとかビュトールの作品以上に、この『ペンギンの島』が外せないと思うな。この本にこめられた皮肉は、そのまんま現代にも当てはまるところが多いから。

新集 世界の文学(23)アナトール・フランス ブールジェ
中央公論社 1970/3
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おまえは無邪気さと善意のみしか持ち合わせなかったのに、おまえは自分が崇高だと思っていた。(183ページ)

 高齢の修道士マエールは、漂流の果てにたどり着いた土地で、人々にキリスト教を説き洗礼を施す。しかし、視力の衰えたマエールに人間と見えたのは、実はペンギンの群れであった。天上の主は聖人たちとの協議の結果、この洗礼を有効と認め、ペンギンを人間に変えてしまう。人間となったペンギンたちは、醜くも滑稽な歴史をつむいでゆく。

 ペンギン人の上古から中世、近代に至る歴史をフランス史のパロディとして描いた作品。その題材は聖女伝説からメロヴィング王朝の血なまぐさい歴史、革命とナポレオン、ドレフュス事件、はては未来史にまで至る。調理法は、筒井康隆が『虚航船団』の第二部で、鼬族の歴史に託して世界史のパロディをやったのと共通だが、味付けはこの『ペンギンの島』のほうがずっと強烈である。いずれの題材も極めて辛辣に扱われていて、どのページを開いても、描かれているのは詐術の勝利と蒙昧の支配、時代を越えて繰り返される愚行ばかり。小説世界を覆う悲観主義の強さは、『ガリヴァー旅行記』を思い起こさせる。
 とりわけドレフュス事件のパロディである「八万束の秣事件」の章は、正義のための戦いが最後には腐敗して政争の道具となる様、人々の幻滅の様を描き、作者の思想を強く反映していて、内容が濃い。