書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

E.M.フォースター『果てしなき旅』全2巻

 たまには正統派。
 読みやすいっていいな。これがジョイスとかウルフとかフォークナーとかならこうやすやすとは読めまい。うん、3、4年前までフォースターとフォークナーを混同していたことは君と僕だけの秘密だよ。

果てしなき旅〈上〉 (岩波文庫)

果てしなき旅〈上〉 (岩波文庫)

果てしなき旅〈下〉 (岩波文庫)

果てしなき旅〈下〉 (岩波文庫)

大地には気をつけなさい。絶対にね。本当に大地に帰るっていうことは、対抗すること、人為的なものを放擲することなんだもの。あなたたち若い人は認めようとしないけれど、人生でたった一つのいいものである人為的なものをね。(下巻、237ページ)


 ケンブリッジで学友のアンセルらとともに幸せな学生生活を送っていたリッキーは、学生時代の終わりを控えてアグネス・ペンブルックと婚約する。あるとき、伯母のミセス・フェイリングを訪ねたリッキーは、粗野な青年スティーヴンと出会う。大学を出て、リッキーはアグネスと結婚するが、結婚生活はリッキーの精神をおかしくさせていく。

 わりと控えめなトーンで書かれた小説であるな、というのが第一印象。解説を読むと、必ずしも自己を抑制して書いた作品ではないようだが、例えばディケンズあたりの騒がしい書きぶりに比べれば、ずっと落ち着いた雰囲気の文章である。人物を描くときやユーモアを言うときもディケンズバルザックのように大仰な身振りはしない、ということは、もっと辛辣である、ということ。
 序盤、舞台設定をケンブリッジにとり、アンセルという、主人公にとって半ば憧れの対象の学友を重要人物として配しているあたりは、ああまたぞろ青春小説だ、と興を削がれた(リッキーとアンセルが、かなりあからさまに同性愛的な関係として描かれているあたりは、別の意味で興味深かった。この小説の上巻部分は一部の女性に受けそうである)。だが下巻になると、リッキーが精神的におかしくなってきたり、さまざまな人物が矛盾衝突を起こしたりして、ぐっと面白くなってくる。面白いというのは、ストーリー的なものだけにとどまらない。登場人物たちが起こす衝突は、彼らの利益や対面から来るものではあるが、その根本には彼らの思想・価値観の違いがあって、議論の際にはそれぞれが含蓄ありげな言葉を吐くので、ためになる本を読んだ気分になれる。
 それにつけても、アグネスに小説中の悪役を一身に引き受けさせるという作者の態度は、ちょっとあんまりだとは思う。