イヴァン・ゴンチャロフ『オブローモフ』全3巻
何度でも言うけど、せっかく復刊したので、この機会をお見逃しなきよう。『オブローモフ』は唯一無二の傑作で、ドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフらの作品と並べてもまったく遜色がないばかりか、むしろ優れている点も多々あり。『断崖』も復刊しないかなあ……。
- 作者: ゴンチャロフ,米川正夫
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そばへ寄っちゃいけない、握手なんかいいよ、きみは外を歩いて冷えきっているんだもの!」(上巻、37ページ)
イリヤー・イリッチ・オブローモフは純な心と聡明な知性を備えているが、役所勤めに耐えられず職を辞してより、領土のオブローモフカから送られてくる年貢に頼って、ペテルブルグで引きこもり同然の暮らしを続けていた。彼の親友シュトルツは彼を生活の場に引っ張り出そうと奮闘する。シュトルツの紹介で少女オリガと知り合ったオブローモフは、彼女と恋しあうようになって復活しかけるが、破局に終わり、家主の未亡人アガーフィヤのもとで再び怠惰な暮らしに戻る。
「これは自分のために書かれた小説だ」と思うような作品にめぐり合うことはあるもので、私にとって『オブローモフ』はまさにそういう小説だった。それゆえ以前に読んだときには充分に客観的な読書ができず、ただオブローモフと自分を比較しながら読み進めただけだった。
今回、改めて読み直してみたわけだが、……いやはやこんなに「うまい」小説だったとは! 怠惰のオブローモフと勤勉のシュトルツ、オリガ、甲斐甲斐しいアガーフィヤ、粗忽ながら根は忠実なザハール、狡いタランチエフに無口なアレクセーエフ、どのキャラクターも実に生動した性格造型がなされていて、ユーモラスな会話表現も抜群にうまい。
もちろん、ただうまい小説というだけではない、きわめてユニークな作品でもある。19世紀にして、昨今流行の「引きこもり」を主題にした先見性も然り、三百ページにわたる第一篇の間、オブローモフがほとんどベッドの上から動かないというのも、同時代の作品にはめったに見られないものだ(しかも読んでいて退屈を感じさせないのだからすごい)。
結末の両義性にも注目に値する。シュトルツから見ると、無為と怠惰のうちに最期を迎えたオブローモフは「犬死」「破滅」したのである。だが、オブローモフ本人からすれば――この結末は彼が望んだものではなかったか? 不穏も不安もなく野心も競争もない生活は? オブローモフと彼をとりまく人々に、幸福でなかった者がいたか?
というわけで、21世紀の今になっても、まったく古びていない傑作である。もしロシア文学の必読書を五冊挙げるとすれば、必ずそのうちに入るだろう。しばらく絶版状態だったが、最近(2007年7月)復刊したので、この機会にぜひ入手してお読みいただきたいと思う。