タンクレート・ドルスト『私、フォイアーバッハ』
ドイツ現代劇、11冊目。論創社「ドイツ現代戯曲選30」第5巻。作者は1925年生まれだから、このシリーズの中ではかなりベテランの部類だな。
- 作者: タンクレートドルスト,Tankred Dorst,高橋文子
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2006/02
- メディア: 単行本
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役者は、もう十八番になっているような成果を忘れなければいけない! 自分の芸を忘れ、自分の言葉を忘れ、言葉と、言葉の意味も忘れる! 自分の口から漏れる言葉が、未知の、わけがわからないもののようにならなければいけない、まるで急に中国語をしゃべっているみたいに、自分の口が自分の知らない言葉をしゃべっているみたいに! 自分の経験を忘れ、確かに知っていると思っていることを忘れなければならない!(30ページ)
7年ぶりに舞台に出ようと考えたフォイアーバッハは、練習が終わってみなが去った後の劇場で、演出助手相手におしゃべりをしながら、演出家を待ちつづける。ところが彼を待ち受けていた結末は――。
フォイアーバッハと演出助手の会話が作品のほぼ全てを占める。90ページの長くは無い作品とはいえ、二人の会話だけで間が持つのは、フォイアーバッハの語る内容の多彩さや、二人のちょっとした動きの面白さに加えて、伏線の張り方や話の進展の仕方にうまさがあるためだろう。再び舞台に立てるよう、熱心に語って自分をアピールするフォイアーバッハと、いい加減に応対する演出助手との対比がおかしくも悲しい。「演劇についての演劇」というメタ風な側面もある。