稲垣足穂『一千一秒物語』
キャラクターもなし。ストーリーもなし。緻密な構成も、洗練された修辞もいらない。そんなものなくとも面白い小説は書けるものなのだ。
- 作者: 稲垣足穂
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2005/01
- メディア: 文庫
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夜更けの街の上に星がきれいであった たれもいなかったので 塀の上から星を三つとった するとうしろに足音がする ふり向くとお月様が立っていた
「おまえはいま何をした?」
とお月様が云った
逃げようとするうちに お月様は自分の腕をつかんだ そしていやおうなしに暗い小路にひっぱりこんで さんざんにぶん殴ったそのあげくに捨セリフを残して行きかけたので 自分はその方へ煉瓦を投げつけた アッと云って敷石の上へ倒れる音がした 家へ帰ってポケットの中をしらべると 星はこなごなにくだけていた Aという人がその粉をたねにして 翌日パンを三つこしらえた(「星でパンをこしらえた話」32ページ
足穂が少年時代から書き溜めたというショートコント集。ちくま文庫版はほかに初期短篇や随筆を附す。
何人かの作家を除くほか、多くの日本文学がどうも私の肌に合わないのは、たぶん、こじんまり綺麗にまとまってしまっている作品が多いからだろう。私が読みたいのはもっと強烈な文学、破天荒な文学、見たことも無いようなものを見せてくれる文学だから。その点、この『一千一秒物語』はまさしく私が読みたいと願っていたようなタイプの小説だ。まったく無類の楽しさを持っている。くだくだしい批評はいらない。私の引用した作品を見て、何か感じるものがあったなら、さあ迷っている暇はない。すぐに買え。買って読め。