書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

『ティラン・ロ・ブラン』

 岩波書店がまたやってくれるらしい。本棚の中の骸骨によると、9月下旬にジュアノット・マルトゥレイ 『完訳 ティラン・ロ・ブラン』が刊行されるとのこと。これは『ドン・キホーテ』の書物詮議の場面において、ドン・キホーテの大量の騎士道小説コレクションの中から、わずかに火あぶりにされるのを免れた三冊のうちの一冊。以下、岩波文庫版『ドン・キホーテ』からこの書に対してセルバンテスが司祭に言わせた批評を引用してみる。

「これは驚いた」と、司祭が大声をあげた。「こんなところに、『ティランテ・エル・ブランコ』があったとは! さあさ、こちらに渡してもらいましょうか、親方。これを手にするとは、まさに楽しみの宝庫、気晴らしの鉱脈に出くわしたようなものですよ。ここでは、勇士ドン・キリエレイソン・デ・モンタルバンとその弟トマス・デ・モンタルバン、さらには騎士フォンセーカらが颯爽たる男ぶりを披露し、豪勇の騎士ティランテが猛々しいアラーノ犬とわたりあい、侍女のプラセルデミビーダが才覚を発揮し、寡婦レポサーダが色恋沙汰において手練手管を弄し、はたまた名だたる女帝が従士のイポリトふぜいに懸想したりするんです。実を言えばね、親方、その文体からしても、これは世界一の良書ですよ。なにしろ、ここでは騎士たちがものを食べたり、眠ったり、ベッドの上で死んだり、死ぬ前に遺言をしたりといった、この種のほかの本には見られない、さまざまなことをするんですからね。(『ドン・キホーテ 前篇(一)』、122ページ)

 あのアリオスト『狂えるオルランド』さえ差し置いて世界一の良書とは……これは読まずばなるまいよ。ただ、馬鹿げた値段設定には苦言を呈したい。バルザックの『艶笑滑稽譚』とちがって、これは高踏派の文学ファンが読むようなもんじゃないし、一万六千円はひどすぎる。岩波は通俗文学の存在意義がわかってるのか?