ローラン・トポール『幻の下宿人』
- 作者: ローラントポール,Roland Topor,榊原晃三
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2007/09/04
- メディア: 文庫
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自分を打ち倒そうとつけ狙う陰謀のきざしがあることを知ってから、トレルコフスキーは完璧でしかもできる限りの変貌振りを見せようという苦しみのまじった歓びを味わっていた。(165ページ)
新しいアパートに引っ越してから、主人公トレルコフスキーの周囲には奇怪な出来事が起こるようになった。やがてトレルコフスキーは、隣室の住人たちが自分を別人に仕立て上げ死に追いやろうとしているのではないかという猜疑にとらわれる。
トレルコフスキーの度を越した奇行が笑える一方、彼が味わう恐怖がじわじわと伝わってくる。怖いが大いに笑える、この辺のさじ加減が絶妙である。
読んでいてソログープ『小悪魔』を思い起こした。ただ、『小悪魔』の主人公が自身の卑劣な性格ゆえに幻想を見るようになった(読者にはそれがはっきりわかる)のに対し、こちらのトレルコフスキーにはあまり明確な性格は与えられておらず、彼の周囲で起こるおかしな出来事が彼の妄想なのか、それとも彼が想像した通り隣人による陰謀であるのかが読者にもはっきりしない。エピローグも、幻か現実かでおおきく意味が変わってくるような内容になっている。
「トレルコフスキーにはあまり明確な性格が与えられていない」と書いてふと思ったのだが、それはアイデンティティの喪失を重要な要素として扱っているからかもしれない。環境によって揺さぶられる主人公としては、強烈な個性の持ち主より模糊としたキャラクターのほうが都合がよかったのだろう。