書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

V.S.ナイポール『魔法の種』

 トリニダード出身のインド系移民で現在イギリスで活動中。こういう人はカテゴライズに困る。いちおう「イギリス文学」に入れておくけど。

魔法の種

魔法の種

いまや、すべてが腑に落ちる。(104ページ)

 ベルリンにいる妹ザロジニのもとで無為に過ごしていた中年男ウィリーは、ザロジニからインドに戻って革命活動に加わるよう勧められる。それに従って活動に身を投じたウィリーだが、やがて活動にも無意味さを感じるようになる。のちウィリーは警察に投降し、恩赦を受けてロンドンに渡る。

 ゲリラ活動や刑務所の苛刻・異常な状況下でも、虚飾にまみれたロンドンにあっても、周囲の虚飾を見抜きつつ、しかし淡々とそこでの生活に慣れていくウィリーの描かれ方が妙に印象的。インドでの活動を描く前半部分とロンドンでの生活を描く後半部分では当然作品の空気ががらりと変わるのだが、主人公ひとりがまるで変わらないのである。
 物語としては、舞台がロンドンに移ってからやや物足りなくなる印象。現代のロンドンの社会問題に対する描写は容赦がなくてよいのだが、やはり前半の苛刻な内容にくらべるといささかインパクトが弱いような。
 前に読んだ『ミゲル・ストリート』や『神秘の指圧師』に比べると、ユーモラスな描写が減り、シニカルさだけが目立っている。これはあまり嬉しくない。
 ――こうしてまとめてみると、あまりほめてないようだが、多彩な人物と彼らを巡る環境を緻密に描写して、小説を読む面白さを(特に前半部分は)ちゃんと味わわせてくれるあたりは、さすがはノーベル賞作家だけのことはある。

 ちなみに本作は『ある放浪者の半生』という作品の続編的な位置付けになっている。私はそれを知らずに購入し、解説で「独立の作品として読める」と書いてあったのでそのまま読んでみたのだが、なるほど特に不可解な個所はなかった。『ある放浪者の半生』はウィリーの前半生を描いており、舞台はインドからロンドン、アフリカにまで渡るようだ。機会があれば読んでみたい。