書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

作者不詳『説唐』

 中文書。中華書局、2001年9月刊。17元。
 九月下旬ころからゆるゆる読み進めて読了。

「兄貴たちみんな、拝礼する必要はねえ。俺はこの皇帝ってのがつらくって厭になった。朝っぱらから起き出して、夜中になっても眠れやしねえ。なんでわざわざこんなに苦しまなきゃならねえんだ。あんたらは誰でも好きなのを選べ。俺はそいつに譲る。さあさあ」(第三十六回。250ページ)

  解題みたいなもの
 全六十八回。隋による大陸統一から唐の李世民の即位までを描いた隋唐ものの小説だが、同じ隋唐ものの代表作である『隋唐演義』が比較的史実に忠実であるのに比べ、この『説唐』は架空の人物や出来事を加えており、また実在の人物・事件にも大幅に変更を加えているのが特徴だという。英雄たちのキャラクター描写、素朴で荒っぽい民間文学としての風格が評価されているが、反面、誇張が過ぎるのが欠点とされる。



  あらすじ
 北斉の武将・秦彝は周の楊林の攻撃によって戦死し、その子・秦瓊は母に連れられて難を逃れた。やがて楊林の甥・楊堅は簒奪によって皇帝となり、隋を打ち立てた。隋は南朝の陳を併呑し、大陸を統一した。一方、成長した秦瓊は山東で義侠の行いをし、好漢たちから尊敬されるようになっていた。秦瓊はあるとき、楊堅の子・楊広に恨まれ、暗殺されそうになっていた李淵を救う。その後、秦瓊はさまざまな冒険を経て、程咬金、単雄信、王伯当、羅成らの英雄好漢たちと交友を結ぶようになる。
 楊広はやがて楊堅を暗殺して皇帝の位についた。煬帝である。煬帝の即位以後天下は大いに乱れ、各地で叛乱が相次いだ。秦瓊らも瓦崗寨にこもり、程咬金を王としてしばしば隋の軍勢と戦った。やがて程咬金は王でいることに飽きたと言い出し、秦瓊らは李密を王に迎え、引き続き隋と戦う。各地で苦戦を続ける隋はしかし、最強の将軍・宇文成都の活躍でなんとか持ちこたえる。だがやがて李淵が叛乱に組すると、その子・李元覇によって宇文成都も打ち破られ、ついに滅亡に至る。各地の反王は李元覇を恐れて李淵服従するが、李元覇が落雷のために早世すると再び叛乱を起こす。
 李密も唐に背いたが、部下たちの信頼を失い、倒される。李密のもとを離れた秦瓊・程咬金・羅成・単雄信は洛陽の王世充のもとに身を寄せるが、やがて秦・程・羅の三人は李淵の子・李世民に従うようになる。名将・尉遅恭をも加えた李世民は王世充ら各地の反王を滅ぼし、ついに唐の時代が訪れる。


  感想
 面白い。似たような場面の繰り返しの多さ、一騎討ちで勝敗が決まるという戦争描写のいいかげんさ、御都合主義的な運命論、……「いわゆる文学」からはまったくかけ離れており、完成度の点からは赤点をつけたくなる荒っぽい作品であるが、それでも面白い。荒唐無稽がゆきすぎてかえって奇抜さに変わっているからだろう。
 また主人公格である秦瓊・程咬金らがやたら弱く設定されているのは面白い。隋が滅亡して李元覇、宇文成都らが退場するまではほとんど負けっぱなしである(ちなみにこの作品には隋朝××条好漢、という強さランキングがあるのだが、主人公連中は1位の李元覇と2位の宇文成都からぐっと離されていて、羅成が7位、秦瓊が16位、単雄信が18位、程咬金はランク外である)。程咬金などはもう、よく最後まで生き残れたと感心するくらい、毎回毎回負けている。これに対して、向かうところ敵無しといった感じの李元覇のイメージがかなり鮮烈である。
 中盤以降は戦争シーンが続く。多くの小説ではそうなってから話がダレていくが、『説唐』では程咬金がうまくひっかきまわして、単調になりがちな戦争シーンを盛り上げ読ませてくれる。
 キャラクターでは、上にも書いたが程咬金のトリックスターぶりが素晴らしい。その他、秦瓊、単雄信、羅成ら主役から、李元覇などに至るまで、楽しいキャラクターが続々登場してくる。ただ李世民、李密、王世充などの王たちや、軍師の徐茂公らのキャラは肉付けが薄く、面白みがない。特に李密は隋唐を代表する英雄の一人であるのに、あまりにいい加減な扱いがされていて悲しくなってくる。


  主な登場人物
秦瓊:字は叔宝。友誼・情義に厚く山東周辺に名を響かせている。隋の楊林を父の仇と狙い、のちに程咬金・李密を助けて隋に叛乱する。
程咬金:秦瓊の幼馴染み。ひょんなことから強盗仲間に加わり、やがて瓦崗寨で混世魔王を称して隋と戦うことになる。のち李密に位を譲る。作中随一のトリックスターで、せりふまわしや行動は喜劇性が強い。
単雄信:困窮している秦瓊を救って友となり、行動をともにする。兄が李淵に誤って殺されたため、李世民についた秦瓊らと袂をわかつ。
羅成:秦瓊のいとこにあたる。槍を使う少年英雄。やや稚気を脱していないところも。
王伯当:弓の名手。秦瓊と友となり、瓦崗寨に加わる。のち李密に殉じた。
尉遅恭:字は敬徳。後半からの登場。はじめ李世民と敵対するがのち投降し、秦瓊とともに唐最強の将軍として活躍する。秦瓊とともにこの時代を代表する名将だが、小説ではなにぶん登場するのが遅すぎて、さほど強烈な印象はない。
徐茂公:陰陽・天文に深く通じる道士。早くから秦瓊・程咬金と交友し、瓦崗寨の軍師となる。のち李密に背いていちはやく唐に投降し、以後は李世民の軍師として活躍。登場シーンの多さのわりにキャラは薄い。
李淵:隋の唐公。煬帝の恨みを買う。のち隋に背き、唐をたてる。
李世民李淵の次男。後半では秦瓊らを率いて各地の反王を倒し、のち皇帝となる。
李建成:李淵の長男。弟の世民をねたみ陥れようと謀る。のち尉遅恭に倒される。
李元覇:李淵の四男。病気のような体格の少年ながら作品中最強の武芸を誇る英雄であり、倣岸な性格はその実力あってのものである。第二位の宇文成都、第三位の裴元慶も、李元覇の足元にも及ばない。数百万の兵をかかえていても彼を倒すことはできない。活躍の期間は短いがその印象は極めて鮮烈である。
煬帝:隋の二世皇帝。父を殺して即位。無道なふるまいにより各地の叛乱を引き起こす。
楊林:楊堅の叔父。歴戦の勇将にして隋の重鎮。
宇文化及:煬帝の謀臣。のち煬帝を殺して皇帝を称するが、間もなく反王の一人・竇建徳に殺された。
宇文成都:宇文化及の子。作中第二位の武芸を持つ。圧倒的な実力で叛乱を鎮めていくが、李元覇には歯が立たなかった。
伍雲亮:父が冤罪で煬帝に殺されたため叛乱を起こす。隋朝第五条好漢に数えられる名将だが、宇文成都にはかなわず敗れる。
李密:隋の官吏であったが、楊素を殺して捕えられたところを程咬金に救われ、瓦崗寨の王に据えられる。のち人心を失い、唐に降るがまた背こうとし、殺された。
裴元慶:隋の武将。隋朝第三条好漢。瓦崗寨を攻撃し、史大奈・単雄信・秦瓊・程咬金を続けざまに破るが、上官にうとまれたため瓦崗寨に降服した。
王世充:隋に叛乱した王の一人。隋朝滅亡後、各地の王を集めて唐に対抗。善戦するが、秦瓊・羅成・尉遅恭らに敗れた。