ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女』
これを出したのは光文社古典新訳文庫屈指のファインプレーだと思う。翻訳があふれかえってる『カラマ』や『赤と黒』より、こういうのこそを出して欲しいねえ。
- 作者: シュペルヴィエル,永田千奈
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2006/10/12
- メディア: 文庫
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沈黙さえ自分の思い通りにならないなんて!(108ページ)
十篇の短篇小説を収める作品集。個々の作品の分量は少なめで、短いものは三ページ、長くとも二十ページ強くらい。
ですます調の翻訳のためか、うわべは童話のような雰囲気だが、幻想描写は意外と濃く、かなり奇怪な場面も見受けられる。シュペルヴィエルをシュルレアリズムの傍流に位置付ける評を見たことがあるが、なるほど納得である(たとえば「ノアの箱舟」には、宿題のインクが乾かないことに絶望し、教師の前で全身が涙になって消えてしまう少女が登場する。このあたりいかにもシュルレアリズム作家という感じ)。大人の読者、特に幻想小説を好むような手合いの味読にも充分堪えうる佳作揃いだ。個人的には、空虚さが最後に幸せな結末にかわる「空のふたり」、不気味な始まりから滑稽に展開し、ついに恐怖の終わりを迎える「競馬の続き」、聖書神話をユーモラスに描いた「ノアの箱舟」の三篇がお気に入り。
悲しみ、怒り、些細な喜びなどの感情や、世界の不条理、不気味さなどなどテーマはいろいろあるのだろうが、みなさらりと書かれて押し付けがましくないのも好印象。そのぶん強烈さはないが、しっとりとした読書感が得られる。