ハイナー・ミュラー『指令』
というわけで早速読んだミュラーはドイツ現代劇の16冊目。
- 作者: ハイナーミュラー,Heiner M¨uller,谷川道子
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2006/07/01
- メディア: 単行本
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僕はもうこんなことはわかりたくない。何千年もの間、我々の恋人である三人は笑い物にされてきた。街角という街角でこづき回され、あらゆる溝のなかを転げまわり、世界中で汚辱にまみれ、あらゆる娼館を転々としながら。僕らの娼婦・自由と、僕らの娼婦・平等と、僕らの娼婦・友愛。僕もそろそろ笑われる場所に身を置きたい。好きなことを自由に何でもやり、僕自身と平等になり、僕だけの友になり、ほかの誰とも友にはならないこと。(53ページ)
ナポレオン治世下のパリ、家庭教師アントワーヌは見知らぬ水夫から手紙を渡される。それはかつての仲間ガルデックから、指令に従いカリブで行動した結果を報せてきた手紙だった。農夫ガルデックは領主ドゥビュソン、奴隷サスポルタスとともにジャマイカで革命を遂行しようとしていたのだった。
このシリーズの例に漏れぬ、短くて濃くてなかなか難解な代物。まず登場人物表からしてふるっている。「ガルデック、ドゥビュソン、サスポルタス、アントワーヌ、水夫、女、初恋」。――初恋!?
まあ、この手の擬人化された概念が登場するのは中世文学からあるしな、と思って読み始めると、本文がまた奇天烈。前後する時系列(劇なのに)。唐突に挿入される、誰が語っているのだか分からないモノローグ(エレベータを降りるとペルーの平原で、そこで銀の男に出会う、という奇妙なエピソードが入ったりもする)。ガルデックとサスポルタスがダントンとロベスピエールに変身してお互いの首を打ち落とし、その首でサッカーに興じるというグロテスクで滑稽な場面もある。
本筋だけ見ると、冒頭でバッドエンドが確約されているにも関わらず、ガルデックとサスポルタスがドゥビュソンと訣別する結末近くの部分、ここの部分が不思議なほど爽快だ。その後に続く、ドゥビュソンを襲う幻想の描写もなかなか壮絶で猥褻で迫力がある。
手ごわいテクストだが、訳者の詳細な解説が読解の手助けをしてくれてありがたい。わずか60ページ弱の戯曲だが、多様な読みを許す豊穣な作品といえるだろう。