書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『迷宮の将軍』

 寝不足のせいで読むのに時間がかかったけど、体調がよければそんなに読みにくい本でもなかっただろうと思う。

迷宮の将軍

迷宮の将軍

 船足は以前よりも速くなり、快適な船旅を楽しむことができたが、一度危険な目に会った。エルベルス准将の所有する蒸気船が騒々しい音を立てて河をさかのぼっていったときに、横波をくらって平底船が大きく揺れ、食料を積んだ船が転覆してしまったのだ。船のへさきに近い船腹には大きな字で<解放者号>と書いてあった。将軍は船の揺れがおさまるまでその文字をじっと見つめて、物思いにふけっていた。船はやがて見えなくなった。<解放者>か、とつぶやいたあと、ふとわれに返ったようにこう言った。
「なんだ、私のことじゃないか!」(143ページ)

 スペインの軛から南米諸国を解き放ち、独立への道を切り開いた英雄シモン・ボリーバルは、しかし周囲の理解を得られぬまま南米統一の夢を諦め、46歳という年齢で病み衰え、政治の場を去る。死地を求めるようにマグダレーナ河をくだっていく、ボリーバル最後の旅を描いた歴史小説

 老いた英雄が風呂の中でぷかぷか浮かんでいるのを昔からの召使が見つける(が、将軍は瞑想しているだけで、死んでいるのではない)という場面から作品が始まるあたりは、いかにもマルケス的。ボリーバルが途中の町々に立ち寄りながら川を下っていき、時々回想が混じる、という構成で、マグダレーナ河のイメージが妙に強い。タイトルにもあるとおり作品中には「迷宮」という言葉も頻出し、精神的な舞台はボリーバルのはまりこんだ迷宮ということなのだろうが、現実的な舞台は河の上、ということで、入り組んだ迷宮と一本道の大河、という対比は面白い。
 語り口は、これまた大河を思わせる悠然たるもので、大作家の風格を感じさせる。『族長の秋』のようなエキセントリックな空気はかなり減じていると思う。


 それにしてもボリーバルの老衰の描写は容赦ない。私が今まで出会ったどんな高齢の老人も、この作品に登場するボリーバルほど老いてはいなかった。なのにボリーバルは四十六歳なんだからなあ。