書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

杉井光『さよならピアノソナタ』

さよならピアノソナタ (電撃文庫)

さよならピアノソナタ (電撃文庫)

 音楽評論家の息子の桧川ナオは、機械いじりが好きでしばしば不法投棄場へ行って有用なジャンクを探していた。ある日、彼はそこで天才少女ピアニスト蛯沢真冬に出会う。しばらくのち、ナオの高校に転校してきた真冬は、ナオがいつも使っていた音楽準備室を占拠してしまう。ナオは幼馴染の相原千晶とその先輩神楽坂響子にたきつけられ、ベースで真冬に勝負を挑んで部屋の奪還を目論む。
 天才肌で美少女だけど理不尽で高圧的でしかし問題を抱えていて――というヒロインをはじめ、腐れ縁といいつつも微妙に主人公が気になっている幼馴染、はちゃめちゃだがパワフルで主人公を引っ張っていく先輩。いかにもテンプレート通りですね、とこんなふうに叩くのは簡単。でも、高校卒業以来楽器に触っていなくて、クラシックもロックもポップもろくに知らない私のような読者に、音楽が聴きたいという気分にさせた段階で、これはもう作者の勝ちだろう。印象的な音楽描写に、微妙な心理の揺れを描く筆致――なかなかの佳品。