エミール・ゾラ『居酒屋』
うーむ、ゾラを読むのに一週間もかかるとは……いまさらだけど、寝不足は読書の最大の敵だよなあ。
ともあれ、これで叢書の未読はあと七冊、完読が見えてきた。
- 作者: ゾラ,古賀照一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1971/01/01
- メディア: 文庫
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地面では格闘がつづいていた。突然、ヴィルジニーが膝をついて起きなおった。洗濯棒をつかんだのだ。ヴィルジニーはそれをふりまわしはじめた。そして、すっかりしゃがれた声で、あえぎあえぎがなりたてた。
「そうら、覚悟しな! 打ちのめしてやるぞ、洗濯ぎれのかわりにおまえのきたない体を!」
ジェルヴェーズのさっと手をのばし、おなじく洗濯棒をつかむと、棍棒のようにふりかぶった。彼女の声もしゃがれていた。
「ようし! 体の洗濯がしたいというんだね……。さあその体をこっちにもってきな、それで雑巾をこしらえてやるから!」(45ページ)
ルーゴン=マッカール叢書第七巻。洗濯女のジェルヴェーズはいつか自身の店を持つことを夢見ていた。彼女は愛人のランチエに棄てられるが、ブリキ職人クーポーと結婚してまじめに働き、やがて夢をかなえる。しかしまずクーポーが、やがてジェルヴェーズ自身が怠惰と酒に溺れ始め、ついには貧窮の果てに悲惨な死を遂げる。
googleで「ゾラ 居酒屋」を検索すると、関連検索の項目に「ゾラ 居酒屋 退屈」というのが表示される。この傑作を退屈に感じる人は少なくないらしい。まあその気持ちはわからなくもない。私も読み進めながらしばしば居眠りしてしまったから。全篇が傷のない傑文とはいいがたく、ジェルヴェーズが転落を始める前の前半部分は、けっこうたるい場面も多い。最初のほうの、ジェルヴェーズとヴィルジニーが洗濯場で喧嘩をする場面の描写などは、思わず息を呑む迫力があったが、ジェルヴェーズとクーポーの結婚式はちょっと分量が多すぎ、古めの訳文とあいまって、かなり眠くなってしまった。
しかしジェルヴェーズが転落していく過程のどぎつさと陰惨さ、なぜ彼女がそうなったかを追う作者の筆の執拗さ、このあたりを見ていると、やはりゾラは最高の作家の一人だし、『居酒屋』はその彼の傑作の一つだと思わされる。初めて泥酔して帰ってきたジェルヴェーズが、いつも酔っ払いの父親に虐待されている隣家の少女ラリーと出会う場面とか、貧窮の果てに春をひさぐことを決意したジェルヴェーズが、まじめな職人でかつての思い人グージェに再会する場面などは読んでいてはらわたがえぐられるようだ。
――それにしても、退屈な場面が多いのも確かなので、やはりゾラ初読者には『ジェルミナール』から入って欲しいなあ。店頭では『居酒屋』と『ナナ』のほかは、高価なハードカバーしか手に入らないのが問題だが。