ハインリヒ・マン『小さな町』
2001年に出た本なんだけど、もう廃刊になってしまっているらしい。たまたま「日本の古本屋」に出てたから購入できたけど……H.マンの翻訳があるのに買えないとは勿体無い。ごじゃごじゃごじゃ。
- 作者: ハインリヒマン,Heinrich Mann,山口裕
- 出版社/メーカー: 三修社
- 発売日: 2001/08
- メディア: 単行本
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けれども真の偉大さは、敗北のときに初めて真価を発揮するのです。(184ページ)
19世紀末のイタリアの小さな町を舞台とした作品。弁護士ベロッティらの招きに応じてオペラ一座が町を訪れ公演を行ったことから、ベロッティら進歩派とドン・タデオ神父を中心とする教会派の反目が強まり、個人の利害関係ともあいまって、ついには「内乱」へ発展する、という筋書き。
冒頭から大勢の人物が次々と登場してくる上に、『ウンラート教授』のウンラートのような、物語を単独で引っぱっていくような強烈な主役がいないため、ややとっつきにくい感じがした。俄かには覚えきれない数のキャラが登場してくるため、人物一覧表が欲しかったところだ。
そうはいっても、面白いキャラクターには事欠かない。主役格の弁護士ベロッティと神父ドン・タデオはもちろん、かつてガリバルディに従って戦った義足の薬剤師にして自由の闘士アクィスタパーチェ、情熱的な青年テノール歌手ネロ・ジェンナーリ、貞淑な妻と思いきやネロに懸想し、思いがかなわぬと見るやネロの破滅をたくらみはじめるカムッツィ夫人。さらに弁護士の兄で「ごじゃごじゃごじゃ」という変な口癖をもつガリレオ、鷄のような所作の「にわとりルチア」や、町の噂を知り尽くす引きこもり「千里眼のリーナ」などの変人奇人が物語の脇を固める。
特にインパクトがあるのはオペラのプリマドンナのフローラ・ガルリンダだろうか。地味な風采ながら卓越した歌の才能を持ち、その才能をもって出世しようという野心を持つ。そして野心を果たすためには他者を陥れることも辞さない。他人の狂暴な情熱に共感し、なあなあを嫌う。
腕をだらんと垂れ、髪からしずくがしたたるに任せていた。
「彼の目は不安におののいていたわ。わたしを幸せにしたくて青ざめていた。わたしは彼を愛しているかしら? ……決心しなさい(中略)決心して彼を愛しなさい。そうすればどんなに快い、楽な運命だろうか」
彼女は手をぱっと広げて、ベッドに身を投げた。広がった、濡れた髪の下で彼女はぴくぴく痙攣した。胸は死にそうなほど波打ち、のどからもれる大きなすすり泣きの声に、生涯の最高の幸福がほとばしり出ると感じた。しかし、彼女はわきまえていたのだ。『ほかの人たちの楽な運命でしょうよ。わたし向きじゃない。わたしの運命は過酷で、その厳しさをわたしは誇りとしているのだから』それにもかかわらず、泣くことは快かった。(308ページ)
小説の味噌は、個々の人物の描写と、群衆描写の対比だろうか。ときに群衆に翻弄されたり、群衆の一部に溶け込んだり、群衆に影響されて浮かれたり、浮かれた群衆に影響されずに陰謀をめぐらしたりと、個別の人物が群衆に対応する様子は人物・場面によってさまざまであるところが面白い。