書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ディエゴ・マラーニ『通訳』

 マラーニはEUで勤務する本職の通訳で、「ユーロパント」なる新言語まで考案してしまうような人らしい。そんな人が言語をテーマにして小説を書けば、つまらないものになるわけがないのだ。

通訳 (海外文学セレクション)

通訳 (海外文学セレクション)

ところで、わが友人であるあなたは、どんな破滅を追いかけておられるのです?(214ページ)

 ジュネーヴの国際機関のある通訳は、同時通訳中に意味不明の奇声を発するなど仕事上の過失を繰り返し、未知の言語を発見したと言い張るが解雇され失踪する。通訳の上官のベラミーは彼の狂気をうつされ、仕事も家庭も失ってしまう。ベラミーはミュンヘン神経科で言語治療を受けたのち、通訳を追ってヨーロッパじゅうを放浪する。

 すべてを失った男ベラミーが、未知の言語(?)の謎を追う、というサスペンス仕立ての小説。
 ふつうに考えると、洋々たる前途を約束されていた男が未知の言語なんていうイカれた病気に罹り、妻も仕事も財産も失って、一時は(ネタバレ自粛)にまでおちぶれるという、かなり不条理で悲惨な物語であるはずなのだが……この楽しさはなんなんだろう。ベラミーが嘗める辛酸よりも、彼が追っている謎のほうに眼を向けられているせいか。それとも奇想や奇人がわらわら出てくるせいか。なるほど、ミュンヘンでベラミーが受けるルーマニア語の言語治療を受ける様子や、言語治療の妙ちきりんな理論などはひたすらおもしろいし、紆余曲折の末ルーマニアへやって来たベラミーが通訳マグダとともに山賊行為を繰り返すくだりなどは、当初の目的を忘れて何をやってるんだ、と突っ込みたくなって、これまたなかなか楽しい。あまりといえばあまりなオチは、笑えるどころか呆気に取られてしまったのだが……。
 それと、特筆に価するのは、舞台となっている場所の選び方が独特であること。物語はジュネーヴミュンヘンからはじまり、ウクライナオデッサからモルドバルーマニアセルビアを経て再びミュンヘンへ戻り、それからリトアニアのクライペダを訪れ、エストニアのタリンで結末を迎える。これだけ中欧・東欧をぐるぐるまわる小説も珍しい。EUで働く作者の面目躍如か。