書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

アレッサンドロ・バリッコ『絹』

絹 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

絹 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

――どうしても行かなければいけませんの、バルダビュー?
――いいや。
――それなら、なぜ?
――引き止めるすべがない。行こうと彼が決めた以上、わたしにできるのは、帰って来るための理由を一つでも多く与えることだけだ。(103ページ)

 時は19世紀半ば、主人公のエウヴェ・ジョンクールは、ラヴィルデューの町で製糸工場を営むバルダビューのもとで、蚕の売買を担当していた。やがて微粒子病のためヨーロッパ、アフリカの蚕が壊滅的打撃を受けるという事態が起こる。エルヴェ・ジョンクールは、バルダビューの指示を受け、妻のエレーヌとしばし別れて、開国したばかりの日本へ向かい、土地の権力者ハラ・ケイから蚕の卵を買い付ける。このときジョンクールはハラの側に仕える美しい少女に心ひかれる。ジョンクールの日本行は数度繰り返されるが、四度目には……。

 昨日紹介した『あまりにも騒がしい孤独』は過剰なまでの語りを有する小説だったが、こちらはずっと口数の少ない小説。地の文はおおむね飾りの少ない短い文章からなっており、会話文はなおのこと短い。うるさく語らないことによって余情を出すタイプの小説だと思う。
 語りは淡々としていて、しかも直接的な心理描写はほぼ皆無であるにも関わらず、登場人物のわずかな行動を通して深刻な心理の揺れを表現しているところは思わず感服した。特に、日本への旅に関わらず、ほとんど前面には出てこないジョンクールの妻エレーヌが、終わり近くの場面で一気に存在感を増してくるくだりなどは圧巻。最低限のことしか語らないことによって印象を強める作者の技は、エレーヌの描写にとりわけいかんなく発揮されている。