今年出た海外文学新刊まとめ
いよいよ年末。年末といえば一年のまとめをするのが世間の通例。しかし年間ベスト10のたぐいは年度末にやるのが私の旧サイト時代からの習慣なので、ここには今年出た新刊に限った、ランク付けなしの紹介記事を書いておこう。
まず1月に出たレム『大失敗』――これは難物だったな。
2月は、岩波文庫リクエスト復刊で赤帯が大量に重版されたのが嬉しい事件だった。フローベール『ブヴァールとペキュシェ』のような奇書から、コロレンコ、レスコーフのような地味めな良作までいろいろな作品が復刊されたけれど、一冊選ぶなら戦後初復刊になるマイエル『聖者』だろう。中世イングランドを舞台にした歴史小説の傑作。
また岩波からはアクーニンも出た。登場人物同士の心理の読みあいが緊迫感を生んでいる『リヴァイアサン号殺人事件』と、破天荒なアクション描写が魅力の『アキレス将軍暗殺事件』、同一シリーズながらまったく方向性が違っており、併せて読むと三倍楽しい。
それから私がいま一番期待している「東欧の想像力」シリーズの刊行が始まったのもこの月で、キシュ『砂時計』という、難解ながら強靭な想像力に支えられたすばらしい作品が出た。
3月には、去年から刊行が始まっていたムアコックの『永遠の戦士エルリック』シリーズが完結した。また未知谷から出たブリヨン『砂の都』は、エキゾチズムとノスタルジーという、一見相反する要素を兼ね備えた不思議な作品。
4月は当たり月で、金庸『連城訣』、バルザック『百歳の人』、張系国『星雲組曲』、ペレーヴィン『チャパーエフと空虚』という、四冊の傑作が刊行された。うち『星雲組曲』は、国書の「新しい台湾の文学」シリーズの一冊で、老舎『猫城記』以来かなり久々のアジアSF。かなり多彩な作品集で、SFファン、幻想文学ファン、中国文学ファンならば、これを見逃す手はない。また『チャパーエフと空虚』は、革命時代とペレストロイカ時代、二つの時代を行き来する小説で、混沌とした世界観と滑稽で幻想的な描写が売り。現代を代表するロシア作家の最高傑作なのだから、面白くないわけがない。
5月も気になる本は何冊か出たけど、結局買わなかったり買っても積んだり。で6月にはワトスン『スローバード』とベスター『ゴーレム100』という、奇想に満ちた怪作が二冊出た。
7月に出たものの中では、端正な文体と謎に満ちた舞台設定が魅力のバンヴィル『バーチウッド』。マーティンの大河ファンタジー『氷と炎の歌』第二部『王狼たちの戦旗』文庫版はこの月に完結。かねてから私がお薦めしている『オブローモフ』も復刊された。
8月、9月は文庫が当たりで、カルヴィーノ『魔法の庭』、ヴェルヌ『海底二万里』、ガスカール『けものたち・死者の時』、トポール『幻の下宿人』、アヌイ『ひばり』、ムアコック『軍犬と世界の痛み』、スティーヴンスン『新アラビア夜話』など粒揃い。中でもアヌイ『ひばり』はジャンヌ・ダルクものの傑作で、シラー『オルレアンの少女』のような叙事詩的なスケールはないものの、性格の肉付け、会話の面白さ、構成の巧みさで読ませてくれる。
10月にはウィンターソン『灯台守の話』、ガルシア=マルケス『迷宮の将軍』も出たけど、一番面白かったのはハインリヒ・マン『ウンラート教授』。これはオールタイムベスト級の名作。詳しくは右のリンクから感想記事を見ていただければ。
11月には、国書刊行会が強烈な売り文句をつけてグレイ『ラナーク』を刊行した。意外と読みやすくて楽しい作品で、作者自身によるイラストもグロくてよい。
それから今月に出たものとして、まずマラーニ『通訳』。言語をテーマにした小説ということで、インテリっぽい皮をかぶっているけれど、中身はトンデモサスペンス。楽しいからいいけど。
ハードカバーを持ってるから改めては買わなかったけど、金庸の最高傑作『秘曲 笑傲江湖』も今月で完結。
「東欧の想像力」シリーズの二冊目フラバル『あまりにも騒がしい孤独』も出た。これも期待を裏切らない傑作。ゆったりした語り口、鮮烈な幻想描写、不条理な出来事にもユーモアを見るしたたかさ。
全体にハードカバー単行本にいい本が多い年だったと思う。つまり、財布には痛い年だったということだな。「東欧の想像力」「短編小説の快楽」「ブックプラネット」「バルザック幻想・怪奇小説選集」など良質なシリーズが相次いで刊行されたのは嬉しいところ。特に「東欧の想像力」シリーズは二冊とも最高傑作級の作品で、今後とも楽しみ。
以下、今年初読のもののうち、特にお薦めの十冊を挙げておく。