ジャン・ラシーヌ『ブリタニキュス ベレニス』
- 作者: ラシーヌ,渡辺守章
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2008/02/15
- メディア: 文庫
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「しかし、何が一体、陛下を、そのようなお気持に?」
「おれの名誉が、おれの恋が、おれの身の安全が、おれの命が」(『ブリタニキュス』126ページ)
二つの悲劇『ブリタニキュス』と『ベレニス』の合本。
『ブリタニキュス』は、ローマ皇帝ネロンが、母アグリピーナとの確執や義弟ブリタニキュスの恋人ジュニーへの恋着から、とうとうブリタニキュスを殺害するに至る、という話。
主役のブリタニキュスなんかはどうでもよくて、ネロンとアグリピーナの激しいやり取りや、ブリタニキュスの部下でありながらネロンをたきつける裏切り者ナルシスのこすい言動が面白い作品。怪物の誕生、が裏の主題であるらしく、ネロンが母親への複雑な思いのために善悪の間を揺れるところが見せ場になっている。マザコン青年が母の軛から脱しようともがく話、という言い換えは行き過ぎだろうかな。
『ベレニス』は、ローマ皇帝ティチュスが、恋人のパレスチナ女王ベレニスと、王族との婚姻を望まないローマ市民との間で揺れる話。
理性と情念の間で懊悩し、とうとう理性が勝利を収めるという話で、ラシーヌよりもコルネイユが書きそうな内容になっている。解説によるとコルネイユも同時期にベレニスを主題にした作品を書いていたらしく、ラシーヌも先輩にして宿敵たるコルネイユへの意識があったのだろう。……が、わざわざコルネイユっぽい話を読むんだったら、コルネイユが書いた話を読めばいいのであって。こういう話はラシーヌには向いてないのか、『ブリタニキュス』に比べると、ちとたるい感じは否めないと思う。
当時は一般の人気がコルネイユからラシーヌに移っていたこともあって、コルネイユのベレニスより大きな成功を収めたらしいが、解説の紹介を読むかぎりでは、コルネイユのベレニスのほうが面白そうである。