書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

フランソワ・ヴェイエルガンス『母の家で過ごした三日間』

母の家で過ごした三日間

母の家で過ごした三日間

僕はたくさんの物を持っているはずなのに、みんなどこかに行ってしまう。やはり一番確実な保管場所は記憶の中だ。そこで物は文章になる。(203ページ)

 原稿料をもらっていながら何年も書きあぐねている作家ヴェイエルグラッフは、子供のころの話から文学談義、旅の話、果ては猥談まで、とりとめもなく語り続ける。

 スターンとかジャン・パウルの流れに連なる脱線系小説。ストーリーは、ほぼ無といって良いだろう。タイトルを見て、てっきり「母の家で過ごした三日間」において、語り手の作家が母親に向かっていろいろと駄弁るのかと想像していたが、この優柔不断の作家ヴェイエルグラッフ、小説を書かないどころか母の家に赴きもしない。まあ、小説の終わりのほうになって、ようやく母の家で三日間を過ごすことになるのだが……このあたりからして、ひどく人を食った小説である。後半の複雑な入れ子構造に至ると、読んでいて頭がこんがらりそうになる(でも小説内小説の中の主人公も結局は語り手の分身だから無問題だ)。
 帯には「抱腹絶倒」というコピーがついているが、爆笑するというよりはむしろにやにや笑いながら読む小説だと思う。語り口もユーモアがきいていていいし、回想される事件の数々も滑稽。特に猥談がお得意らしいが、(精神的に)変態的な言動が男女とも多く、眉をひそめつつもついにやけずにはいられない。