ハンス・ヤーコプ・クリストフェル・フォン・グリンメルスハウゼン『阿呆物語』全三巻
実に二週間ぶりの感想記事。いくらなんでも時間かかりすぎだ。集中力が足りない。

- 作者: グリンメルスハウゼン,望月市恵
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- 作者: グリンメルスハウゼン,望月市恵
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要するにどの兵隊もそれぞれ新工夫の手段で百姓を痛めつけ、どの百姓もそれぞれお抱えの拷問者に痛めつけられた。しかし当時の私の眼に誰よりも運がよいと考えられたのは、私のちゃんであった。他の百姓たちは痛めつけられ、ひいひいと悲鳴をあげて白状しなければならなかったが、ちゃんはげらげら笑いこけて白状させられたからである。ちゃんがその家の主人であったので、そのように敬意を表されたのにちがいない。(……)水でぬらした塩を足の裏へすりこみ、私たちの年取った山羊にそれを舐めさせたので、ちゃんはくすぐったがって、身をもがいて笑いつづけた。私はちゃんがそのように長く笑いつづけるのを見たり聞いたりするのは初めてだったので、それがとても楽しい結構なことにちがいないと考え、お相伴するつもりで、もしくはほかに知恵も浮かばなかったので、一緒にげらげら笑いつづけた。(上巻、47ページ)
三十年戦争を背景にしたビルドゥング・ピカレスクロマン。農家に生まれたジムプリチウスは戦禍のために生家を離れ、隠者のもとで育ったのち、世間に出て多くの土地を渡り歩き、さまざまな経験をする。
一言でいえば波乱万丈。出世するかと思えば落ちぶれ、大金を手にしたかと思えば素寒貧になり、友を得たかと思えば敵を作り、一所に落ち着いたかと思えば移動をし、ジムプリチウスの人生はとかく浮沈が激しくてなかなか目が離せない。また、世に出たときにはドン・キホーテかというくらいに無垢で世間知らずだった彼が、それらの多彩な経験を経て一筋縄でいかないピカロに変わっていくさまは、一面では当時の社会の陰惨を映したものではあるのだが、また一面では頼もしくて楽しい。
社会の陰惨、ということにかけては、その描写は細微にわたっており、眼もあてられないような悲惨な場面も多い。作者が実際に見たり体験したことも反映しているのだろう、三十年戦争当時のドイツの凄惨な状況がリアルに伝わってくる。が、そのような悲惨な状態を描きつつ、ユーモアを忘れないのも大したもので、微笑・哄笑を誘う場面も随所にある。「不条理な社会を笑いのめすしたたかさ」、これがこの作品を一段上の傑作たらしめていると思う。
それと、社会状況がリアルに伝わってくるとは言っても、その書きっぷりはやはり写実小説のそれとは違っている。フローベールとかガルシア・マルケスとかいった、近現代の作家を読んでいたのでは味わえない、古典でしか読めない楽しさがある。そういう意味でも、ぜひ読んで欲しい作品。
物語展開の多様さといい、社会を反映する範囲が広いことといい、風刺の鋭さといい、『ドン・キホーテ』にも劣らない大古典といえる。この作品こそドイツ文学の最高傑作だ、という評判も聞いたが、果たしてその通りだった。
これが絶版とかありえない。