イヴァン・ゴンチャロフ『日本渡航記』
『断崖』はいっこうに復刊されないし、『平凡物語』も手に入りそうにない中、ゴンチャロフの本が新たに文庫に入ったということでさっそく読んでみた。小説じゃないのは残念だが仕方ない。
どこでもいいから、『ゴンチャロフ全集』を出してくれないかな。
- 作者: イワン.アレクサンドロヴィチ・ゴンチャローフ,高野明,島田陽
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/07/10
- メディア: 文庫
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上海訪問を間に挟んだ形で二章にわたっている「日本におけるロシア人」が本書の大部分を占める。この章は長崎へやってきたプチャーチンと江戸幕府の、条約締結のための交渉の様子を描いたもの。よく幕末ものの歴史ドラマなどで、外交のノウハウがわからずに右往左往する幕府官僚たちの様子が滑稽に描かれたりするけれど、ゴンチャロフの記述を見ていると、幕府の対応はひたすら延引策につとめるばかりで、そのやり口もやはり拙劣だったらしい。誤魔化しの策を出すたびにプチャーチンやゴンチャロフに見抜かれ、逆に手玉にとられて慌てふためく様子はまったくだらしがない。それでも長崎の官僚たちはともかく、江戸から派遣された全権の川路聖謨などはさすがに堂々とした態度で交渉に当たったらしく、ゴンチャロフの記録も好意的である。
文士、小説家なんてものは、世間知らずで実行能力に乏しそうに見えるが、外交交渉の場面でのゴンチャロフの知略と眼力はかなりのもので、川路ら日本側の交渉係も彼を軍師だと見なしていたらしい。『オブローモフ』の作者の意外な一面が見えた。
いっぽう、台風に巻き込まれて船内で難渋したときの記録や、小笠原諸島を訪問して暑さにやられたときの記録のぐったりした様子などには、ああ、やはりこの人は『オブローモフ』の作者なのだ、と思えたりもした。