書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ロペ・デ・ベガ『フエンテ・オベフーナ』

バロック演劇名作集 (スペイン中世・黄金世紀文学選集)

バロック演劇名作集 (スペイン中世・黄金世紀文学選集)

「ねぇ、メンゴ、あんたは人を愛するように造られなかったことを神様に感謝した方がよさそうね」
「じゃ、きみは愛しているというのかい?」
「自分自身の名誉を愛してるわ」(16ページ)

 領主フェルナン・ゴメスは、領地であるフエンテ・オベフーナの村で好き放題やらかして、村人の不満をかっていた。領主はかねてから村娘ラウレンシアに目をつけていたが、領主が引き起こした事件がきっかけで、ラウレンシアは村の青年フロンドーソに好意を寄せることになる。これが気に入らない領主は暴挙に出るのだが……。

 三幕構成の名誉劇。田舎の村のおおらかな雰囲気ただよう幕開けから緊張の中盤へ、そして怒涛のクライマックスへと、いわゆる「序・破・急」という感じの巧みな筋の展開で、一気に読ませてくれる。社会風刺もなかなかいい感じにきいていて、

「最近は印刷された本があまりにもたくさん出まわっているもんだから、どいつもこいつも学者を気どりたがっていけねぇ」
「ところが実は、本がありすぎて収拾がつかず、人がそのため一層無知になっているのは残念だね。ほんの多さによる混乱がせっかくの読書欲をむなしくそいでしまうし、日頃読書に慣れ親しんでいる人ですら、題名の氾濫にただただ戸惑いを覚えるばかりだ。(……)ほかにも博学という名を掲げてその無知ぶりを印刷した者も大勢いる。そのほか、卑劣な妬みから気違いじみたたわごとを書きつらね、それを憎い相手の名前を使って印刷し世間にばらまくような連中だっているんだ」(28ページ)

 これなんか四百年前の芝居の台詞とは思えない。いやあ、人間ってやつは進歩しないねえ。
 それからキャラクターだ。ロペはこの四百年でおそらく最高のツンデレ・ラブコメディである『農場の番犬』のうちに、女伯爵ディアナというすばらしいヒロインを登場させているけれども、この『フエンテ・オベフーナ』のヒロイン・ラウレンシアもなかなかのものだ。

「おかげでこっちは気が変になりそうだよ!」
「あら、だったら治さなきゃいけないわ、フロンドーソ」
「それにはきみの手助けが必要なんだよ。(……)」
「なら、あたしの叔父さんのフアン・ローホに話してみなさいよ」(23ページ)

 男主人公・フロンドーソの情熱的な態度とは対照的な、えらく淡々とした台詞が楽しい。まあ、最後にはデレるわけだが……。この娘、クライマックスの場面でも強気な態度で主導的な役割を果たしていてえらくかっこいい。あとは、敵役である領主のほうも、まるで日本の時代活劇に出てきそうな悪徳ぶりを見せてくれて、これまたいい味を出している。
 活劇としても諷刺劇としても、いま読んでも楽しめる秀作。きわめて多作な作家だというし、カルデロンともどももっと翻訳されるといいな。『愚かなお嬢様』とか『意地の悪い女』とかの風俗喜劇は読んでみたい。