書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ウラジーミル・コロレンコ『盲音楽師』

盲音楽師 (岩波文庫)

盲音楽師 (岩波文庫)

 生まれつき盲目だが類まれな音楽の才能をもつピョートルの、誕生から幼少期・青年期を経て初舞台に立つまでを描いた作品。

 主人公が盲目の音楽家という設定ではあるが、基本的にはかなり正統派、というか王道な成長小説。ロシア南西の田舎の裕福な家に生まれたピョートルが、母アンナには甘やかされ、かつてガリバルディとともに戦った叔父マクシムには熱心に教育され、笛が得意な農民イオヒムに影響されたりして自己形成していく様子が描かれる。その途中では、幼馴染の少女エヴェリーナとの友情が愛情に変わることとか、ほかの盲人との出会いをきっかけに精神的な危機(大時代な言葉だ)を迎えることなども語られる。物語終盤の、この精神的な危機を語る段なんかは、いかにも内気で甘やかされた青年のわがままな悩みという感じでえらくリアル。

僕だっていっそただの乞食なら、不幸の度合いも少なかったでしょう。きっと朝から食事にありつく算段をしたり施しの小銭を算えたり、それが少なかったらどうしようかなどと心配したりするでしょう。が、首尾よく集まったときには喜んで、いそいそと寝支度にかかるでしょう。が、もしそううまく行かないと、僕は餓えと寒さに苦しめられる……そんなことに終われていれば僕には一分の余裕もないし、困苦に遭っても今のような苦しみはしないですむからです……。(176ページ)

 こういう考え、身に覚えのある人はいないだろうか? 私はある(苦笑)。
 ピョートル以外の脇役もよく描けていると思うし、文体は端正で情緒ある(悪く言えば多少大仰で時代がかっている)。よく出来た成長小説。ただし、予想外の展開などは用意されていないので物足りないところもある。