書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

スタニスワフ・レム『宇宙飛行士ピルクス物語』

宇宙飛行士ピルクス物語(上) (ハヤカワ文庫SF)

宇宙飛行士ピルクス物語(上) (ハヤカワ文庫SF)

宇宙飛行士ピルクス物語(下) (ハヤカワ文庫SF)

宇宙飛行士ピルクス物語(下) (ハヤカワ文庫SF)

 宇宙飛行士ピルクスを主人公とした連作短編集。「テスト」「パトロール」「<アルバトロス>号」「テルミヌス」「条件反射」「狩り」「事故」「ピルクスの話」「審問」「運命の女神」の全十編。

 このあいだ読んだ『宇宙創世記ロボットの旅』はおとぎ話、ほら話の体裁だったが、こちら『ピルクス』はハードSF。異星文明は登場せず、舞台も太陽系内にとどまる(「事故」を除く)。内容としては、ロボットやコンピュータを扱ったものが多い。
 訓練生時代のピルクスが試験飛行として月へ向かうロケットに乗り込むが、機内にまぎれこんだ蝿のために危機に陥るという最初の短編「テスト」は、間抜けな原因と深刻な事態のギャップが妙におかしくてよかった。あとのほうの短編はハードな部分が多くて読むのに骨が折れる箇所も多くて、ストーリーテリングに乗ってずんずん進んでいけるところと眠くなるところとがある。
 一番長い「審問」で、自分はロボットだと告げるバーンズとの対話、特にバーンズの長広舌なんかは、ちょっとドストエフスキー的なにおいを感じた。

科学なんて、卵子を受胎させるために一位をあらそった静止の統計学的な賭けの結果生まれた個体のはかなさとむなしさとの和合じゃありませんか。それは、報復と最高の正義、認識の限界すなわち全存在の認識の限界のむなしさ、不可逆性、欠如との和合です。―−そういう和合は、科学の創造者自身が、実際にはなにを創造しているのかさっぱりわかっていないというようなことがなければ、たしかに立派だといえるかもしれませんがね。恐怖か嘲笑かの選択をせまられ、わたしは嘲笑を選びました。それで充分だからです。(下巻200ページ)