ジョージ・バーナード・ショー『ピグマリオン』
- 作者: 鳴海四郎
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1966
- メディア: ?
- 購入: 1人 クリック: 38回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
あなたがたはまるで大きな赤ん坊ね。生きたお人形をおもちゃにして遊んでいる。(377ページ)
英語の訛り方で話者がどこの出身地かピタリと当てる天才的音声学者ヒギンズと、サンスクリット語の研究者ピッカリングは、ひどい英語を話す下町の花売娘イライザを六ヶ月で社交界に通用するレディに育てられるかどうか賭けをする。
バーナード・ショーという人も、近ごろはぱったり読まれていないように思われるけれども、『聖女ジョウン』を読んだら、そうやって忘れられてしまうのも仕方ないかなと少し思った。いや、とんでもない思い違いだった。この人はまぎれもない巨匠だ。
古典的なミュージカル映画(『マイ・フェア・レディ』)にもなった作品であるし、私も話の大筋は知っていたのだけれど、ネタを知っていることはこの作品を楽しむ上でなんの阻害にもならなかった。キャラの立て方といい配置といい、台詞回しといい展開といい、もう完璧といっていいんじゃないだろうか。ページを繰る手とニヤニヤが止まらない。
この作品で一番面白い人物は、劇的な変化を遂げるヒロインのイライザよりも、「救いがたい」男主人公ヒギンズだろう。イライザを上品に仕立て上げなければならないのに、ヒギンズ自身がちょっと腹を立てるとすぐ下品な言葉で罵り始めるあたりなど、ユーモラスに描かれていてなかなか笑える。良く言えば爛漫、悪く言えば他人の感情にひどく鈍感。知性の高い愛すべきバカ。「戯画化された科学者」というキャラクターは、今ではいろいろなエンタメ作品に登場するけれど、あるいはこのヒギンズはその嚆矢かもしれない。
脇役も充実している。たとえばイライザの父ドゥーリトルは、下品な庶民言葉でしきりに警句を吐いて、ヒギンズも読者も感心させてしまう。
あとはもちろん、ヒギンズとイライザの関係も読み所。単純な恋愛関係でもなければ実験者と被験者の関係でもない。微妙な感情の行き違いが会話に見事に表現されている。
風俗喜劇としても性格喜劇としても、マッドサイエンティストものとしても楽しめる傑作戯曲。オールタイムベスト級。ぜひ一読をおすすめしたい。