書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

日本人に読んでほしい中国文学

http://www.toho-shoten.co.jp/toho/readers-ranking.html

 東方書店が上記の題で行ったアンケート企画について、id:inmymemory氏がブクマコメで私なら何を選ぶか見たいと言っておられたから、選んでみようと思う。
(実はこのアンケートの案内は私のところにも来ていたのだけれど、応募しようしようと思いつつ後回しにして、結局参加しそびれてしまったのだ)。
 とりあえず『三国演義』『水滸伝』『史記』『唐詩選』あるいは魯迅などの当たり前のモノは外す方針で。

 まずは古典文学から。

 当たり前のものは外す、とか言っておきながら西遊記とはこれいかに、と言われそうだけれども、きちんと全訳されたものを読んでいる人は少なそうだし、誤解も多そうなので(さすがに三蔵法師が女性だと思っている人なんかはいないだろうけれども)。
 特に秀逸なのは取経の旅以前の部分、特に孫悟空が天界で暴れるくだりかと。ここらの諧謔のセンスはなかなか素晴らしい。中盤以降は正直たるいので、ななめ読みでOK。

  • 董若雨『鏡の国の孫悟空(西遊補)』

 『西遊補』が原題。コレは古典とか教養とかそういうレベルではなくお薦めの奇想傑作。平凡社東洋文庫から出ているけれども、国書刊行会文学の冒険シリーズとかにしれっと入っていても違和感がないと思う。
 前に世界文学オタが非オタの彼女に世界文学世界を軽く紹介するための10作 - 読書その他の悪癖についてのエントリを書いたときにも推したけれど、もう一度プッシュしておく。

  • 洪昇『長生殿』

 どちらかといえば『桃花扇』のほうが好きなのだけれど、『桃花扇』はあの巨大な「中国古典文学大系」で読まなければならないのに対し、こちらは東洋文庫で読めるので、手軽さでお薦め。どちらにしても中国古典戯曲は小説に比べるとまったく世間で人気がなさそうなので、もっと評価されるべきという意味で推しておきたい。

 通称『楊家将演義』。コレはここまでに上げたものと同列に語れるモノではないと思う、というか、まとまりを欠いた構成、行き当たりばったりの展開、まあ片仮名のブンガクとして見れば屑も同然だろう。だがその破天荒さこそが本書の魅力であって、このような作品は近代化された脳みそでは書くことはできないだろう。近現代文学では絶対に味わえない楽しさがある、という意味でお薦め。
 本書の邦訳は出版されていないが、ネット上で読める
 北方謙三が翻案したらしいが、まともな歴史小説になってしまっているらしいので、どうにも読む気がしない。そうじゃないんだよ、この小説は!

  • 黄岩『嶺南逸史』

 卒論で扱った、清代のマイナー小説。『野叟曝言』や『鏡花縁』のようなメジャー作品も完訳されていないわが国だから、当然コレも翻訳されていない。長期休暇のたびにいつも訳そう訳そうと思うものの、ついだらけてしまって未だ手をつけられていない。しかし、死ぬまでにはコレの翻訳をやり遂げたいものである。
 小説としては……うん、楊家将よりはだいぶまとも。内容は黄逢玉という青年が武勇に長けた李小環・梅映雪、智謀に長けた張貴児・謝金蓮という四人の美少女を妻にして叛乱を平らげる話。主人公はどうでもいいけれどもヒロインの性格描写が冴える。戦争小説と恋愛小説を混ぜて矛盾させないところもポイント。
 中国語版さえあんまり見かけない作品だけれども、とりあえず東方書店には在庫あるらしいので、中国語を読める人は取り寄せてみるといいと思う。

 次は現代文学

 金庸を初読者には『碧血剣』を薦めるのが普通らしいけれども、私はあまり好きではないので、こちらを推す。愚鈍実直な主人公郭靖が、よき師によって成長していく、あたりの話はわりとどうでもよくて、武術も長ければ癖も強い、一筋縄ではいかない老侠客たちの活躍が真の見所。気に入ったら続編『神都剣侠』へ進むべし。

 最新作ながら莫言入門にも最適かと。冴えまくる語りと、悲惨な境遇をも笑い飛ばす諧謔のセンス。これに続けて『四十一炮』『白檀の刑』『豊乳肥臀』『酒国』と制作逆順に読んでいくとよいかと。濃いものは後にとっておきたいという人は岩波現代文庫の『赤い高粱』から入り制作順に沿っていくという手もある。まあ、読む順序はわりとどうでもいいので、とりあえず莫言一冊読んでみてください。

 国書の「新しい台湾の文学」から三冊。『星雲組曲』は珍しい台湾SF短篇集で、収録作の中では石状の生命体と麻雀によるコンタクトを試みる「シャングリラ」という作品がお薦め。立ち読みしてみてほしい。『孽子』はゲイ小説だけれども、まっとうな青春小説、社会小説としても白眉で、読み応えがある。『自伝の小説』は女性革命家謝雪紅を扱った作品。