金庸『侠客行』
父親が誰だかわからない主人公「狗雑種」は、失踪した母を探して町に出たところ、宝物「玄鉄令」をめぐる争いを目にする。ひょんなことから玄鉄令を手に入れた狗雑種は、その本来の主である怪人・謝煙客に引き取られる。謝煙客のもとで成長した狗雑種だが、ある日、長楽幇の達人・貝海石に連れ去られる。貝や幇の剣客たちは、狗雑種は長楽幇の幇主だという。
文体の点から言うと、古龍が映画的な描写を用いてざっくり印象的な書き方をするのに対し、こちら金庸は明清白話小説の正統な後継者という感じ。いい加減であいまいな言い換えをすれば、金庸のほうがかなり「中国文学」っぽい。
話の内容? 話の内容は、いつもどおり、面白い。主人公については、その生い立ちと「狗雑種」などという名前から、読む前は口八丁手八丁のキャラ(楊過とか、あの韋小宝のような)かと思っていたが、蓋を開けてみれば世間知らずの純朴な青年だった。つまり、爽快感よりは、喜劇性のほうが強い話になっているかな(主人公のボケによって)、と思う。脇役、特に高齢の脇役の個性が際立っているのもいつもどおりの長所で、謝煙客をはじめ、「一日(の殺しは)三を過ぎず」の丁不三や、毒舌ばあさんの史婆婆、自らを天下無敵と称する白自在など、ひと癖ある人物が次々登場してくる。
なお現在中国で通行しているこの版には、短編「越女剣」と、小説と随筆の中間のような「三十三剣客図」が収録されている。「越女剣」は春秋時代の呉越の戦いをもとに、白猿に武術を教わった少女・阿青と越の名宰相・范蠡のかかわりを描いたもので、短い・筋立てがシンプル・舞台が古代・勝気なのに純朴なヒロイン、と金庸らしからぬ要素が満載。それゆえかえって金庸ファンにはものめずらしくて面白いかもしれない。
「三十三剣客図」は、唐宋の伝奇に登場する三十三人の剣客を描いた清代の版画をもとに、金庸がそれぞれの剣客にまつわるエピソードを紹介するもので、……これは日本未訳かな? 金庸の博識っぷりが存分に披露されている。エピソード自体は金庸の独創ではない。文体は小説にもまして硬めで、その分読みやすい。