書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

古龍『三少爺的剣』

 燕十三は淡々と言った。「俺を殺そうというやつはあんたひとりだけじゃない」
 高通は言った。「あんたは有名すぎるからな、あんたを殺しさえすれば、すぐに名を成すことができる」彼は冷笑して続けた。「江湖のうちに名を成すのは簡単なことじゃないが、このやり方だけはいくらか簡単だ」
「結構だな」
「いま、俺は来た。俺の剣を持って、俺の首を洗って来た」
「結構だな」
「あんたの心は?」
「俺の心はもう死んでる」
「なら俺がもう一度死なせてやるよ」
 剣光が一閃し、剣が鞘を出て、稲妻のように燕十三の心臓に向かった。
 一剣穿心。
 この一剣だけで、彼はどれだけの人の心臓を刺したかわからない。これは本物の、致命的な一撃だった。
 だが彼は燕十三の心臓を刺し貫けなかった。彼の剣が出たとき、咽喉が突然冷たくなった。
 燕十三の剣はすでに彼の咽喉に刺しこまれていた。
 一寸三分、刺しこまれていた。
 高通の剣が滑り落ちたが、人はまだ死んでいなかった。
 燕十三は言った。「俺はあんたに知ってほしいと思う。名を成すことは、受け入れやすいことじゃないってことを」
 高通は彼を見つめた。眼はすでに飛び出していた。
 燕十三は淡々と言った。「だからあんたは死んだほうがいい」(3ページ)

 「奪命十三剣」で江湖に有名な剣客となった燕十三は、天下無双の剣客「謝家の三少爺」こと謝暁峰のもとへ向かう。彼は自分が謝暁峰にかなわないことを知っていたが、死ぬつもりで行くのだった。しかしその途上、謝暁峰のかつての情人・慕容秋荻から謝暁峰の剣法には致命的な欠陥があることを知らされる。
 ……というのが前半のあらすじ。後半は謝暁峰と、慕容秋荻率いる秘密結社「天尊」との争いの話になる。

 燕十三、謝暁峰とも、上り詰めて倦み疲れた剣客という設定。そのせいで小説世界にはひどく厭世的な空気がただよっている。さらに、謝暁峰への愛憎から江湖中を巻き込む結社を作ってしまう慕容秋荻、慕容秋荻の私生児(相手はもちろん謝暁峰)で十代の若さながら狡猾に暗躍する「小弟」(このキャラのトリックスター的活躍はこの小説の読み所のひとつ)、権力への野心を胸に秘めた策謀家「竹葉青」など、ダークなキャラクターが次々登場してくる。古龍の作品のなかでも、かなり陰鬱の傾向の強い小説になっていると思う。結末も後味悪い。その点、この前に読んだ『碧血洗銀槍』が、未熟ながらプライドの高い主人公が奇矯ながら頭の切れるヒロインに助けられて江湖を渡っていく、陽気な雰囲気の作品だったのとは対照的。個人的には『碧血洗銀槍』のほうが好きかな。
 序盤には燕十三が、これまた陰気なキャラ「烏鴉」と、飲み屋の勘定を押し付けあうコミカルなシーンがあるが、そのあとは喜劇的な場面がないのも辛い。
 そういうわけで私はあまり好きじゃないんだが、百度百科を見ると中国では評価は高いようだ。

 それと、日本の侍と忍者が登場することも付け加えておくか。竹葉青が招いた暗殺者として登場してくる。ほとんど見せ場もないまま死ぬけどね。