作者不詳『争春園』
時は前漢。開封の義士・郝鸞は、仙人の司馬傲から三口の宝剣を譲られ、さらに二人の好漢を探して剣を渡し、事業を成し遂げよと告げられる。ある日彼は、争春園で亡父の友人・風竹と、その娘・風棲霞の婚約者である孫佩の二人と知り合う。権官・米中立の公子である米斌儀は、風棲霞の容姿にほれ込み、自分へ嫁がせることを拒んだ風竹と婚約者の孫佩を逆恨みしていた。そこで飼っているちんぴらを使って暴力に訴えようとするが、郝鸞と、たまたま居合わせた好漢・鮑剛によって邪魔される。これがもとで郝鸞らと米中立一派との諍いが始まる。
全48回だが一つ一つの回がかなり短く、全体の分量も200ページ強と少なめ。文章は簡潔でごくごく読みやすい作品。それになんでこんなに時間がかかったかといえば、私の集中力が落ちているせいでもあるんだが、もっと重要な理由は単純につまらないことだな。明清小説のテンプレートから出ている部分がまるでない。特によろしくないのが、三口の宝剣の所持者の最後の一人・馬俊である。これが、いつでもどこへでも入り込めて、誰でも殺せるというスーパースター。こんなのが主役張っていたら緊張感なんて出るわけがない。しばらく前に読んだ『天豹図』にも陶天豹というバランスブレーカーがいたことはいたけど、馬俊ほどは出張ってなかったから、まあそこまで致命的な問題にはなってなかった。でもこの『争春園』、中盤からほとんど馬俊一色だから……。
影の薄い郝鸞、脳みそが筋肉でできてる鮑剛の二人も、主役としてはテンプレ通りである。
それとコメディ色が薄いのも問題だ。俗文学のくせにどうも空気が真面目すぎる。
時代背景が前漢、というのは珍しい(普通はもっと新しい宋代・明代を舞台にすえることが多い)が、描かれている風俗はどう考えても漢代のものじゃない、なんてのは、この手の小説には要求してはいけないことなんだろうけど。
あとはあれかな、強盗殺人の経歴は(相手が悪徳官僚ならの話だけど)尊敬を受ける原因になるが、逆に妓楼通いの話なんかは少し出した途端に軽蔑される、というあたりは、当時の民間の英雄観が見えて面白いかもしれない。色を好んだら、つまり英雄じゃないというわけ(岡崎由美センセがそんなこと言ってたような?)。でもこの小説の中で一番面白いのは、いろいろあって父とはぐれた風棲霞が、だまされて妓楼に売り飛ばされるくだりだったりするんだよなあ。
私がこの手の小説を探すときのよりどころにしている張俊『清代小説史』では、『天豹図』とともに侠義小説の初期作品のひとつとして取り上げられているが、私自身の感想としては、『天豹図』に軍配だ。