書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋』

帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)

帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)

勝利には子供がおらず、ただ父親があるのみなのだ。(86ページ)

 タロット占いをモチーフにした作品で、はじめから終わりまでページ順に読んでも良いし、もしくはカードを引いてその結果に従って該当する章を読んでいっても良い、カードを使う場合はその章の内容で読者の運命を占うこともできる、という仕掛け。ストーリーの軸はしっかりしていて、18世紀末から19世紀初めのナポレオンとオーストリア軍の戦争を背景に、ナポレオン側とオーストリア側にそれぞれ立つことになったオプイッチ家とテネツキ家の、セルビア人の二つの家の人々の波乱を描く。

 事典形式の小説『ハザール事典』と、両表の装丁になっている『風の裏側』を読んでからこの作者のファンだったのだが、ようやく三冊目が読めた。そしてその内容は期待を裏切らないものだったと思う。うん、待った甲斐があった。
 それほど長い作品ではないが、秘密を舌の下に隠した「愚者」ソフロニエ・オプイッチをはじめ、胸に第三の靴をぶらさげる娘、母の胎内から肘掛け椅子に移されて生まれてきた美青年等々、出自も強烈なら行動も強烈な(うだうだ悩んだり嘘をついたりしない、思ったとおりに行動する正直な連中ばかりで、読んでいて爽快)キャラクターが目白押し。中でも、雇った劇団に自分の死の場面を演じさせ続けているソフロニエの父ハラランピエ・オプイッチの存在感は圧巻。キャラが濃いので、物語も当然濃い。その割に野暮ったさがなくて軽快なところも好印象(わずかにユーゴスラビアの血のにおいもするのだけれど)。楽しい読書というのはこういう本を読むことである気がする。
 示唆的な記述が多いのは、読者が占いのために用いることができるようにということか、はたまたセルビア古典から引用しているのか。引用だとしたら調べるのは難しいだろうし、まあ分からないところは気にせず読み進めても楽しめなくなることはないはず。二、三ヶ月して中身を忘れてきたら、今度はタロットを使った読み方で読んでみたい。


 さて読者とは贅沢なもの。パヴィッチがやはり優れた作家だと分かると、読んだばかりなのにまた別の作品が読みたくなってきた。私としてはクロスワード・パズルを小説に応用したという『お茶で描かれた風景画』が気になるので、ぜひ翻訳されてほしいと思う。