書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

紫式部『源氏物語』

ウェイリー版 源氏物語〈1〉 (平凡社ライブラリー)

ウェイリー版 源氏物語〈1〉 (平凡社ライブラリー)

源氏物語 2 ウェイリー版 (2) (平凡社ライブラリー む 4-2)

源氏物語 2 ウェイリー版 (2) (平凡社ライブラリー む 4-2)

ウェイリー版 源氏物語〈3〉 (平凡社ライブラリー)

ウェイリー版 源氏物語〈3〉 (平凡社ライブラリー)

ウェイリー版 源氏物語〈4〉 (平凡社ライブラリー)

ウェイリー版 源氏物語〈4〉 (平凡社ライブラリー)

 あらすじは省略していいですか?

 平安の物語文学の集大成『源氏物語』を、海外で一躍有名にしたアーサー・ウェイリーによる英訳の邦訳。「いちばん読みやすい源氏」とは一巻帯の惹句だが、確かに翻訳文学に慣れた身にはかなりとっつきやすい本。与謝野・谷崎・瀬戸内などいろいろ見てみたものの読み通せる気がしなかったが、こちらはなんとか最後までたどり着けた。従来の現代語訳で挫折した人には有力な選択肢になると思う。
 それでもさくさく読み進むというわけにはいかなかった。その理由の第一には、作品の背景にある平安文化がある。この時代の風俗や人々の思考パターンは、それ以後の時代のものと違ってまるで馴染みがなく、イメージするのも理解するのも一苦労だった。『平家物語』や『八犬伝』を読むときにはこうした苦労はない。武士の文化や思想はけっこうイメージしやすいのだが、翻って平安貴族のこととなると……。
 心理描写についてだが、19・20世紀の西洋の心理小説なんかに比べるとさすがに物足りない部分が多い。柏木や薫の描写なんかはときどき強烈な冴えを見せるが……もっともこれは心理描写だけに限らないか。余計なエピソードを入れすぎていたり、逆に話の進め方が速すぎるような感じのする箇所は多い。作中の人物の多さと、作品内で時間が流れすぎているためだろうと思う。この分量の小説なら、この人物数とこの年数は心理小説としては多すぎるかもしれない。
 あとは政治や陰謀の記述の少なさ。源氏にしろ薫にしろ、彼らの行動には政治情勢が極めて大きくかかわっているのにそこが描写されない。この点がかなり読みにくさ、違和感につながっているんじゃないか。
 紫上誘拐の場面の源氏の強引さとか、柏木と女三宮の濡れ場における二人の性格の行き違いの描写、薫と匂と八の宮の三姉妹との三角関係の段などはもうこれ以上ないほど冴えているし、典侍とか近江君とかの端役にも光る人物は多い。ただいかんせん長すぎて、しかも物足りない(退屈なエピソードが多く、一方もっと詳細に書いて欲しいエピソードも多い)。
 面白い本だけど、かなり疲れる。傑作だが完璧には遠い。大長編の古典なんて大概そんなもんだろうけれど。