書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

サマセット・モーム『月と六ペンス』

月と六ペンス (岩波文庫)

月と六ペンス (岩波文庫)

「あなたには驚きますね」
「どうして?」
「心の奥では案外感傷的なのだから、がっかりしますよ。さっきみたいに、僕の同情心に世間知らずの若者のように訴えるなんて! あんな真似はして欲しくありませんでしたね」
「もし君があれで心を動かされたとしたら、俺は君を軽蔑したところだ」
「それを聞いて安心しましたよ」(159ページ)

 語り手は作家仲間からストリックランド夫人を紹介され親しくなる。あるとき夫人の夫チャールズ・ストリックランドが家族と仕事を放棄してパリに逐電し、語り手は彼を追うよう依頼される。ストリックランドは絵を描くことに決めて全てを捨てたのだった。ストリックランドを天才と認めるストルーヴが彼の支援者となるが、やがてストリックランドはストルーヴの家庭を崩壊させてしまう。ストリックランドはそののちタヒチに移り、その地で生涯を終える。

 なんとなく未読のまま放置していた定番中の定番。なんとなく読んでみた。ストリックランドは画家ゴーギャンがモデルになっているということだが、この作品は評伝ではなく小説なので、その辺のことは頭の隅に入れておくだけでいいだろう。
 平凡な社会人であったストリックランドの、パリでの再会したときの変貌ぶりはかなり衝撃的。語り手との毒舌の応酬はなかなか気味が良くて楽しい。それに対比して、性格的にストリックランドと対等にやりあえないストルーヴの描写は哀れを誘う。ただストリックランドとストルーヴの妻ブランチとの関係の進展については、伏線が見え見えで意外性がない、というかあまりに予想通りなのですこしがっかりした。
 タヒチでのストリックランドの暮らしぶりについては、現地の人々からの伝聞というスタイルで記述されるが、これらの人々自身が明快に描写されているせいか、迫真性があってよい。


 まあ面白いことは読む前から分かっていた。読んでみればやっぱり面白かった。だってモームだし。