書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

マヌエル・プイグ『天使の恥部』

 PCを修理に出していたので更新できませんでした。

「それほどでもない。作用するのはいつも二つのものなんだ。続けようか? だから、この理論に従えば人は一人きりになることはない。なぜなら、一人の人間の中でいつも一つの対話が、一つの緊張があるから。意識する自我と他社、いわば、宇宙とのあいだにね」(193ページ)

 過去社会(大戦間)、現在(70年代)、未来世界の三つの話が語られる。現在の話を主軸に、第一部では過去社会の話が、第二部では(正確には第一部の最後から)未来の話が時々織り込まれる。
 現代の話の女主人公のアナは、夫との家庭生活を嫌い、母も娘も置いてアルゼンチンを去ってメキシコで暮らしているが、現在は病床に伏している。アナのもとを訪ねてくる友達のベアトリスやかつての恋人で活動家のポッシとの会話や、アナの日記によって物語が語られる。
 過去編では大富豪と結婚したが、その境遇に満足できずに脱出、アメリカへ渡った女優の話が、未来編では公的機関で(性的な)奉仕をするW218という女性の他国のスパイとの恋愛の顛末が描かれる。通読すると、互いに独立した三つの話の類似性が浮かび上がってくる。

 これが初めてのマヌエル・プイグ。三つの話が(といっても、未来の話が始まるのは過去の話が終わってからなので、実質は二つの話が)入れ替わり進行する上、会話や日記などさまざまなスタイルを用いて書かれている小説であるが、その実とても読みやすい。いろいろな文体を使っているとはいっても、特に複雑難解な文章はないし、話の展開にしても、現代のアナの話こそ回想や会話によって彼女の経歴が少しずつ明らかになるスタイルをとっているものの、過去の女優の話と未来のW218の話はシンプルに展開するので、筋を追いかけるのも楽なものである。というかこの過去編と未来編(の途中まで)、キャラクターといいシチュエーションといい、コテコテのB級スパイ・ロマンス風味で、私ともあろう者がこんなのを面白がって読んでるなんて、となんだか悔しくなってしまった。
 もちろん、ベッドから動けない現代のアナの話との対比があってこそ、そうした冒険譚が意味を持つわけだけれど……。
 現代文学ガイドブックのマスターピース『世界×現在×文学作家ファイル』のプイグの項目では、この作家の本質は「おセンチ」だと指摘されていたが、なるほど納得。