イヴァン・ゴンチャロフ『断崖(1)』
- 作者: ゴンチャロフ,井上満
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2010/09/17
- メディア: 文庫
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「あなたの眼前に本物の生き生きした人生が、幸福が出て来たのに、あなたはそれを突き飛ばしたんだ! なぜです、何のためです?」
「だってご存知じゃありませんか、私結婚して、結婚生活を送ったんですもの……」(246ページ)
『オブローモフ』のファンと岩波文庫の赤帯ファンなら誰でも夢見たレア本、とうとう復刻版が出た。全五巻で隔月刊行のようなので、出るたびに読んで待つ楽しみを味わうか、まとめて読む贅沢を選ぶかはご自由に。え? 読まないとかありえないでしょ。
紹介が遅れたのは読むのが遅れたからだが、私の調子が悪かったせいであって、つまらなかったわけではないよ。
手放しで面白かったとも言いにくいけれども。360ページの分量のあるこの巻だが、まだまだ序章という印象が強く、主人公ライスキーの成長期の様子の記述と何人かの主要人物の顔見せが主になっていて、物語があまり動かないのである。このうちライスキーの青少年期の話は、才能を持ちつつも根気が足りないせいでどうにもならないこの人物の性格が、ユーモラスに容赦なく描かれていて、時折変に面白い。
(みんな勉強し給え、そのうちには……だ!)ライスキーは考えた。彼としては勉強しないで、さっそくやりたかったのである。(227ページ)
それと第十五章の作中作(ライスキーの書いた短編小説)はあまりにも下手糞で笑える。
この巻での読ませ所はライスキーと、女主人公と思われる親戚の若い未亡人ソーフィヤとのやりとりだろうか。熱っぽいライスキーが、とてつもなく冷静沈静なソーフィヤになんとか働きかけようとする図は、オブローモフとシュトルツの関係を思わせるが、シュトルツと違ってどちらかといえば浮ついているライスキーの性格のせいで、言葉に全然重みがなく、二人の対話の場面では妙な笑いがこみあげてくる。第14章の、ソーフィヤが家庭教師との淡い思い出を語るシーンでは、話自体はとても陳腐なのに、聞き手ライスキーの興奮しすぎな合いの手が面白すぎて、つい読みふけってしまった。