書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

サラ・ウォーターズ『エアーズ家の没落』

エアーズ家の没落上 (創元推理文庫)

エアーズ家の没落上 (創元推理文庫)

この館は貪欲です。わたしたちの時間も生気もすべてのみこんでしまう。(214ページ)

 舞台は戦後イギリス。巨大なハンドレッズ領主館に居を構えるエアーズ家は、かつては富み栄えていたが、いまは土地を切り売りしたり、本人たちが忙しく働きまわってどうにか屋敷を維持している。屋敷の住人も若い当主ロデリックとその姉キャロライン、二人の母アンジェラ、住み込みメイドのベティと犬のジップのみ。語り手の医師ファラデーは、あるとき一家のかかりつけ医の代わりにベティの診察に屋敷を訪れ、以降エアーズ一家と親交を結ぶようになるが……。

 いちおうサスペンスなのでネタバレには注意。
 サスペンス・ホラー調の小説だが話の進行はおそろしくゆっくり。150ページ経過してようやく事件(見方によっては事故)が起こり、下巻も半分以上過ぎてようやくとりかえしのつかない事態(ぶっちゃけて言えば死人)となる。そのぶん事物の描写は細密だし筋に直接関係ない会話なんかもかなり多い。『荊の城』を読んだときも感じたのだが、ウォーターズの本は良い意味で19世紀英文学っぽいにおいがする。『荊の城』がディケンズなら、『エアーズ家の没落』はコリンズの『白衣の女』を彷彿とさせる。不美人のヒロインが活躍するところも同じだ。
 読後にかなり後味の悪さが残る、という点では別だが。
 最初は健康的だったキャラクターたちが、ゆっくり確実に(作中時間ではけっこう短い期間だが)精神を蝕まれていく様は、読んでいて結構来るものがある。ずっと理知的だった語り手までも、最後のほうはなんだか少しおかしくなっているし。
 そういうわけで、恐怖小説としてはかなりの良作であると思う。推理小説として読むと結末で肩透かしを食うので注意。

白衣の女 (上) (岩波文庫)

白衣の女 (上) (岩波文庫)

 感想の中でも少し触れたけどもう一度プッシュしておこう。これも傑作。『エアーズ家の没落』が気に入った人はぜひ。