ウンベルト・エーコ『バウドリーノ』
- 作者: ウンベルト・エーコ,Umberto Eco,堤康徳
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2010/11/11
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「でもそれは、幻覚を望むことと同じだ」
「でもぼくは、その願望を二度と失いたくなかった。それは、人生を捧げる価値のあるものだったから」(上巻、123ページ)
天性の嘘つきバウドリーノが、ビザンツの史学者ニケタスにその半生を語る。ふとしたことからフリードリヒ赤髯王の養子となったバウドリーノは、パリで学んでは余計な知識と友人を得、皇帝に従っては世間の様々な動乱と悲惨を眼にする。のちフリードリヒの死をきっかけに、彼は仲間たちとともに司祭ヨハネの王国を目指して東方へと旅立つ。
不満を先に述べておこう。注釈がないのはあまりにも厳しい。こんな小説に徒手空拳で立ち向かえというのか。訳者は読者を買いかぶりすぎだ。邦訳を提供してくれたことだけでもありがたすぎるわけではあるが、どうせならもう少し手助けしてくれてもよかったのに。もちろん書いてあることをそのまま読んでいるだけでも楽しいのだけれど、真の面白さを読み取れてない不安が常につきまとう。物凄くよくできているが物凄く難度の高いコンピューターゲームのようなもので、クリアできなくても楽しいには違いないが、そこに悔しさがあることはまぎれもないことなわけで。
ストーリー自体は、とてもおもしろい。色恋沙汰、酒と麻薬、秘密、詐術、逆説的な警句、シュールな議論、戦争と掠奪、血しぶきと炎、そしてもちろんお涙頂戴なシーンにも事欠かない。そもそも、フリードリヒ・バルバロッサと司祭ヨハネ(=プレスター・ジョン)という二つの名前を聞いただけで胸が熱くなってくるというもの。
フリードリヒが死亡フラグを乱立した挙句に密室で崩じてからは一気にファンタジー色が強くなり、突っ込みどころも満載となる。たとえば冒険の最初のほうの、バウドリーノ一行はアルメニアを出発して東方へ向かい、さまざまな辛苦を経てアブハジアへたどりつくくだり。何ヶ月もさまよい歩いたのにまだアブハジアくんだりをうろついてるのかとか、だいたいアルメニアから東へ向かったのにアブハジアへ着いたのでは方角が間違ってるとか*1、アブハジアは昼も真っ暗闇の世界と描写されているがアブハジアをなんだと思ってるんだとか。
結末も不思議と颯爽としていて心地よい。
『フーコーの振り子』『前日島』はあまりに癖の強い小説であるため、エーコ初読者には『薔薇の名前』を勧めるのが標準だったが、これで選択肢が二つに増えたと言っていいと思う。