書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ボフミル・フラバル『厳重に監視された列車』

 フラバル・コレクション創刊。めでたい。

厳重に監視された列車 (フラバル・コレクション)

厳重に監視された列車 (フラバル・コレクション)

「あそこを行くのはわれわれの希望だ。われわれの若者だ。自由なヨーロッパのために戦うのだ。それなのに、ここにいるきみらは何だ? 電信嬢の尻に公印を押すなんて!」(64ページ)

 舞台は1945年のチェコ。かつて恋人との性交で失敗して自殺未遂を起こしたミロシュは、以前の職場である駅に復帰し、鉄道員としての仕事を再開した。おりしも第二次世界大戦の末期であり、駅にはナチスの輸送列車が往復していた。ミロシュと先輩のフビチカは、表面上はこれらの列車の運行管理の仕事をこなしながら、密かに抵抗運動に心を寄せているのだった。一方、フビチカは夜間に電信嬢ズデニチカと悪ふざけをして彼女の尻に公印を捺し、それが露見して問題となっていた。

 デスアンドセックスなんて言葉が馬鹿馬鹿しくなってくるくらい、悲惨な環境にあっても猥褻なジョークをあっけらかんと飛ばす。猥褻でないジョークも飛ばす。性にまつわる滑稽なシーンの中でも特に可笑しかったのは、フビチカとズデニチカが件の不祥事に関して参事官に糾問される場面。大真面目に質問する参事官に、平然と堂々と「野球拳で脱がされました」とか答えてしまうズデニチカの問答は白眉。 もうひとつは、恋人との性交がうまくいかなかったミロシュが思い悩んだ末に駅長の奥さんに相談する場面。本人はいたって真剣に悩んでいるのに、まるで誘惑しているよう(駅長の奥さんはミロシュからしたら母親くらいの年齢のはず)。

「でもわかってるでしょう」ぼくは言った――「わからないようなふりをしないで下さい。ぼくは教えて貰いに来たんですから…………要するにぼくはずっと男なんだけど、ぼくが男だということを示さなきゃならない時に、男でなくなっちゃうんです。物の本によれば、ぼくは”早漏”なんです、わかりますか?」
「そんなことわからないわ」駅長の奥さんはそう言って、再び餌を水に浸した。
「でもわかってるでしょう」ぼくは言った――「それで今、ぼくは真剣に考えてるんです……そう、どうか……ぼくは今、男なんです……さわってみて下さい」
「ああマリア様」駅長の奥さんは小声で言った。「わたしはね、ミロシュさん、もう更年期になってるの……」
「何ですって?」
「更年期よ、でも何て恐ろしいことを」駅長の奥さんはひどく体を振るわせたので、餌の入った壷をぶちまけてしまった。(80ページ)

 こんな調子で終戦まで行くのかと思ってたのだけれども、物語は急に陰惨な結末を迎えてしまった。冒頭に引いたのは参事官がフビチカを難詰した台詞だけれど、これは結末を暗示した台詞だったようだ。自由のための戦いか、エロ事か。