書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

廉想渉『三代』

三代 (朝鮮近代文学選集)

三代 (朝鮮近代文学選集)

 植民地時代(1930年ころ)朝鮮のソウルを舞台に、金満一家である趙家の家長(趙令監と呼ばれる。作中、本名では呼ばれてなかったと思う)と、息子の相勲、孫の徳基の三世代の愛憎と葛藤を縦糸に、徳基の親友の金炳華と、徳基の幼馴染でかつて相勲の情人だった洪敬愛の、微妙な関係を横糸にして、各々の思いが複雑に絡み合い、ストーリーが展開していく。三代の男とそれぞれの係累・取り巻きの思惑がやがて趙家を崩壊に導き、金炳華と洪敬愛は、敬愛の親戚で共産主義活動家の大物である男の登場をきっかけに事件に巻き込まれていく。

 普遍的なテーマ……というか、おなじみの題材というか、「世代間の対立」と「老人の遺産の行方」を話の軸に据えた、ごくまっとうなリアリズム小説。ただし、舞台が戦前の植民地朝鮮ということで、人々の感覚やさまざまな事物において近世的なもの、近代的なもの、現代的なものが混ざり合い、あるいは韓国的なもの、日本的なもの、西洋的なものが混ざり合っていて、なんとも不思議な空気が漂っている(これは本書を含む「朝鮮近代文学選集」に収められた作品全体に共通する特徴でもあると思う)。趙徳基はおでんをつまみながら酒を飲み、日本語の単語を交えながら人生や社会について語るが、その祖父は孫より年下の妾を囲い、先祖の祭祀と財産の管理のため、孫に学業をうっちゃらせて家に縛り付けようとする。
 ありえないほど複雑な人間関係と、その関係の中に置かれた人物の心理の描写は冴えまくる。たとえばヒロインの一人である洪敬愛は、趙徳基にとって「幼馴染で、父親の元情人で、腹違いの妹の母親で、このごろ親友と微妙な関係にある」というなんとも怪奇な立ち位置。感情面・経済面の双方から、誰と近づくべきか思案する彼女の微妙な心理描写、これが若くして世間ずれさせられた近代女性の内面として非常に説得力があり、読ませる。
 あとは相勲の転落っぷり。教養もあり、社会的な地位もある彼が、祖父との反目や息子との関係の微妙な齟齬の末に、紳士の面を捨ててアルコールと色情に溺れどうしようもないダメ親父になり果てていく様。これまたえげつない描きっぷりでぞくぞくする。

 かなり長い小説ではあるが、ストーリーは複雑なわりに速い流れで展開し(もともとは新聞連載だったそうなので)、飽きずに読み進めることができる。単なるエンターテイメントとしても充分に読む価値あり。

 続きがありそうなラストシーンだが、とうとう続編は書かれずに終わったようだ。