広津柳浪『河内屋・黒蜴蜓 他一篇』
- 作者: 広津柳浪
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1952/09/25
- メディア: 文庫
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収録されている三編の小説はどれも不幸な結婚生活を描いた作品である。
「河内屋」。河内屋の重吉・清二郎兄弟は、従妹のお久・お染姉妹とそれぞれ結婚する約束であった。しかしお久が急逝し、お染は当初約束があった清二郎ではなく重吉に嫁ぐことになる。この経緯に三人ともに屈託を抱え、重吉は女遊びに、清二郎は酒に逃避し、お染は自分の中に引き篭もる。三者の緊張は、重吉が馴染みのお弓を家に引き入れたことで崩壊に至る。
男主人公二人が揃って子供っぽく、かつ男らしくないのが読んでて正直いらつくところ。弟と女房を口先でねちねち責める重吉に、酒をくらいながら懊悩するばっかりの清二郎。幼稚と陰険が組み合わさっているんでは助かりようもない。もっとも、酒を飲みながら一人で思い悩めばろくなことは考え付かないというあたりはリアルでもある。
あと、本作の登場人物は実によく笑う。面白くもないのに笑う。はゝはゝゝゝゝ、ほゝほゝゝゝゝという文字がページめくるたびに目に付く。笑って誤魔化さずに会話をしろよ。
「黒蜴蜓」は凶暴な父・吉五郎にいびられる息子・与太郎とその妻・お都賀の話。二言めには「箆棒めッ!」と怒鳴り、気に入らないことがあってもなくても息子夫婦に当たり散らす吉五郎のキャラが強烈。
箆棒めッ、世間の奴等ア知らねえが、おらア孫の面なんざア見たくもねえんだ。お都賀の腹から出やがるんぢや、どうせ人間並の面アして居めえよ。手前産婆なんざ呼ばねえで、香具師でも読んで來やアがりや能いんだ。其方が餘程儲けづくだぜ。(111ページ)
吉五郎の台詞は全部が全部この調子。お都賀さんはこの舅の頭に茶碗でもぶつけてやればいいと思う(それができないから悲劇になるんだけど)。
「骨ぬすみ」、これまた思いにそまぬ結婚をした男女の不幸話。目黒の農民亀八の息子・鶴吉は、幼馴染のお町と許婚であったが、奉公先の山城屋で強いて跡継ぎ養子に希望され、山城屋の娘お蝶と婚約することになる。お町もやむなく五作という人物に嫁ぎ、息子をもうける。ところが二人とも相手を思い切れておらず、鶴吉の里帰りに際して再会してから、そろって破局へ転げ落ちていく。
「河内屋」は性格悲劇(こんな奴らは破滅するしかない)的な話だったが、「骨ぬすみ」は誰も悪くないのに全員が不幸になる話で、世態人情のままならなさというものが切々と描いてあって切ない。
総じて、男も女も老いも若きも、登場人物がどいつもこいつも成熟してないあたりは読んでいて厭になるが、豊富な語彙を駆使した会話文は確かに楽しい。特にためらいの表現とか巧いと思う。