書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ウラジーミル・ソローキン『青い脂』

青い脂

青い脂

 大まかにいって三部構成。第一部は、未来シベリアの研究機関にいるボリス・グローゲルが情人(男)に送る何通かの手紙からなる。ボリスと同僚たちは、ロシアの作家たちのクローンから「青脂」という物質を取り出すための準備をしている。第二部は「大地交合教団」なる怪しげな宗教団体の人々が主役。青脂をボリスたちから奪い取った彼らは、それを過去へと送り届ける。第三部はヒトラースターリンがヨーロッパを支配している架空の1954年が舞台。未来からやってきた怪人の遺体と青脂とがもとで、スターリンとその周囲に騒動が巻き起こる。

 ゆっくりゆっくり、丁寧に丁寧に作品世界を築き上げ、最後の最後で執拗な態度でそれをぶち壊した『ロマン』とは違って、この『青い脂』は最初からぶっとんでいる。よって、圧倒的にこちらのほうがとっつきにくい。
 まず最初のボリスの書簡の文体がくせ者で、中国語その他の言語に未来世界の新語が入り混じる奇怪な代物になっている。おまけに内容はものすごく卑猥(こうやって中国語の語彙をやたら使ったのは、19世紀のロシア文学にフランス語の語彙が大量に入ってたののパロディなんだろうか?)。目眩。
 で、かなり唐突な感じでボリスの書簡が終わり、第二部に入るのだが、文体こそまともなものの、登場人物と世界は相変わらず常識外れ。ここでも目眩。
 これらに比べると1954年のパートはいたって読みやすい。スターリンヒトラーが勝利したパラレルワールドで、ロンドンに原爆が落ち、プラハに壁が築かれて東西に分割されてるなんてのも、未来世界の奇怪さに比べれば、よっぽど想像しやすい。このパートの面白さは、下品さでもって全方位に喧嘩を売ってるところ。ここに出てくる登場人物はみな実在だったのみならず、『青い脂』が発表された1999年当時まだ存命の人物も多く、よくまあ意味も容赦もなくネタにできたものだと思う(たとえばスターリンの娘ヴェスタがヒトラーにレイプされるシーンがあるわけだけれども、このご婦人も小説発表時は存命)。詩人アフマートヴァから詩人ブロツキーへの世代交代(というか継承というか……)のシーンなんかも、神秘的でありつつ物凄くスカトロジックできたない。ソローキン先生、アフマートヴァもブロツキーも好きなんだろうなって感じはするんだが、よく好きなものをこれだけイジれるものである。



 あと、この小説読んでて一番興奮したのは、トルストイ4号の「呻き声つき垢落とし」だったことを白状しておきます。