サマセット・モーム『夫が多すぎて』
岩波文庫版のカバーに用いられているのは、モームの芝居のポスターの前で悔しげな表情をしているシェイクスピアが描かれた当時の風刺画。そんなに流行ってたのか。
- 作者: モーム,W.Somerset Maugham,海保眞夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2001/12/14
- メディア: 文庫
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「結局のところ、だれと結婚しようとたいした違いはないって思いましたの」
「その点は私も同じ考えだわ。すべてこちら次第なのよ」(8ページ)
最初の夫ウィリアムを戦争で失ったヴィクトリアは、現在ではウィリアムの親友フレデリックと結婚している。ところがウィリアムは生きていて、二人のもとへふらりと現れる。ヴィクトリアの我侭ぶりに手を焼いていたウィリアムとフレデリックは妻の押し付け合いを始める。しかしヴィクトリアはそんな二人の諍いをよそに、裕福な男ペイトンと結婚しようと画策していた。
第一幕の最初のシーンからとにかくヴィクトリアの飛ばしっぷりがすごい。このヒロインは自分のヒドさに気づいていないもんだから、読んでいるこちらがのけぞるような問題発言を連発してくる。突っ込みどころも満載。たとえばここ。
「ペイトンがスパッツをつけているのは、単に足が冷えるからにすぎないと思うわ。彼は寝るときだってソックスをはくような人よ」(20ページ)
つまり一緒に寝たことがあるってことかい。さっきまでさんざんウィリアムとフレデリックへの愛を語ってたくせに。
フレデリックは誰だかわからない電話の相手に「君かい、ダーリン」と呼びかけるのが習慣という、なかなかの変人さんだが、この男もヴィクトリア相手に会話するとたじたじとなってしまう。まあ、ウィリアムが生きて現れたことで、これ幸いとヴィクトリアを押し付けようとするのもむべなるかな。ウィリアムだってこんなのは受け取りたくない。
こんなヴィクトリアが作中唯一下手に出る相手が、彼女のコック募集に応募して面接にきた下流階級のおばさんだというのがまたこの作品の意地の悪いところである。
ウィリアムとフレデリックは自由を、美しくも身勝手なヴィクトリアは金持ちの夫をと、主要三人が幸福を手に入れ、「使いきれないほどの金を持っていることは、一マイル離れたところからもわかる」劇中最も腹立たしいキャラであるペイトンがこの面倒な奥さんを貰ってしまうという不幸を背負い込む(新婚の当人は気づいてないが)という結末も楽しい。