書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

レイモンド・カーヴァ―『ファイアズ(炎)』

 こういう海外作家の作品が全部新書で読めるってのはまことにもってありがたいというか、翻訳者の知名度って大きいよなって。

ファイアズ(炎) (村上春樹翻訳ライブラリー)

ファイアズ(炎) (村上春樹翻訳ライブラリー)

 

  エッセイ四編と短篇七編、いくつかの詩を収録した作品集。

「父の肖像」:作者と同名の父レイモンド・カーヴァ―の伝記。各地を移動しては求職し、就職し、また移動し、病気になり……と淡々と語る。深刻な場面で妙なユーモアを差し込んでくるのが面白くて、最初のページからこれ。

妻が受話器をとるを母は開口いちばん「レイモンドが死んだの!」と言った。一瞬、妻は私の死を知らされているのだと思った。母がそのすぐあとで死んだのが父のほうのレイモンドであることを明らかにしたとき、「ああよかった。うちのレイモンドかと思いましたわ」と妻は言った。(18ページ) 

  あと、強烈にインパクトがあったのはこの記述。

 便所は家の外にあった。ハロウィーンの夜になると、いや、ハロウィーンに限らず気が向けばいつでも、夜になると近所の十代はじめの子供たちがいたずらをして便所をそこから運び去り、道端までもっていったりした。父はそれをもとの場所に戻すのに誰かの助けを借りなくてはならなかった。(……)私も物心がつくと、誰かが他の家の外便所に入っていくのを見かけたら、そこに石を投げつけるようになった。これは便所爆撃と呼ばれた。(21ページ)

 いやぁ、40~50年代のアメリカの悪ガキはとんでもねぇなぁ。

 

 詩のなかだと「夜になると鮭は」がファンタジーな味わいでいい。ほかの詩や短篇にも鮭や鱒がしばしば登場する。川釣り好きだったんだろうな。 

 

 短篇七つのなかでは、「みんなは何処に行ったのか?」がお気に入り。これは家族の話だが、とりわけ妻の不倫相手であるロスについて語る。

その当時、母は会ったばかりの男といちゃついているし、私は失業中で、酒びたりで、頭がおかしくなっていた。私の子供たちも頭がおかしくなっていて、妻も頭がおかしくなっていて、彼女はAA(アルコール中毒治療会)で出会った失業中の航空宇宙額の技術者と「いい仲」になっていた。その男も頭がおかしくなっていた。(334ページ) 

  語り手は失業中でアル中、子供たちはとんでもない不良に育っている。語り手はイタリア文学に出てくる「臨終間際の父親が子供のひとりの顔を思いっきりひっぱたき、それから死ぬ」という場面について、自分も死ぬとき同じようにしたいと妄想した、でもそんなことをしたら子供たちはむしろ面白がるばかりだろう、などと語ったりする。そんな追い詰められた語り手は、やはり同じように挫折した存在である妻の不倫相手のロスに、憎悪と同時に奇妙な共感を抱く。ロスはかつてNASAの技術者だったが、酒と女で身を誤り、町のいんちき修理屋におちぶれていたのだった。

私はマイクに陸軍だか海軍だか沿岸警備隊だかに入ってしまってほしかった。彼は手のつけようがなくなっていた。危険人物だった。あのロスでさえ、マイクは軍隊に入った方がいいと思っている、とシンシアが私に教えてくれた。そして彼女は彼の口からそんなことを利きたくはなかった。でも私はそれを聞いて嬉しかった。我々はその点に関しては意見を同じくしているのだ。私のロスに対する評価はそれで一段上がった。しかしそれはシンシアを怒らせた。(344ページ) 

 息子の進路について、語り手と妻の意見が相反し、むしろ語り手とロスとで一致してしまう。ちぐはぐな人間関係の中で意見が同じ人間を見つけた語り手の喜びが笑える。

 

 作品集全体の感想としては……20世紀半ばのアメリカの不良少年は怖い!