オスカー・ワイルド『嘘から出た誠』
アンサイクロペディア的世界。
三幕の笑劇。紳士ジャック・ワージングとアルジャーノンは悪友の間柄。ジャックはアルジャーノンの従妹グウェンドレンに首ったけ、アルジャーノンはジャックの被後見人セシリーに気がある。しかしそれぞれ偽名を使ってガールフレンドに接していたことから様々な問題が巻き起こる。
シナリオもお馬鹿で楽しいのだけれど、登場人物が口を開くたびにキレッキレの逆説が炸裂するのが読みどころ。なんとなくシェイクスピアを感じる。
「レインの奴の結婚に対する考え方は、少々自堕落らしい。怪しからん事だ。僕ら上流階級のものに立派な模範を示してくれないとすれば、下層階級の人間はそもそも何の役にたつというんだ。」(アルジャーノン、第一幕)
次のページにはこれ。
「ほれた仲だから仕方が無いさ。今度は結婚を申込みに、わざわざロンドンへやって来たんだ」
「遊楽に来たんじゃなかったのかい。結婚の申込なんてものは『用件』だよ」
「いやはや、何てロマンティック気のない野郎だ、君は」
「結婚のみが申込ロマンティックだなんて、僕には到底思いもよらないな。恋をするのは大きにロマンティックさ。だが、はっきり結婚を申込む段になれば、ロマンティックなものなんか徹頭徹尾ありゃしないよ。(中略)ロマンティックなるものの本義はだね、右が左か、左が右か、はっきりしない所にあるんだぜ」(アルジャーノン、ジャック、第一幕)
政治を語る段もいたってシンプル。
「政治上の御意見は?」
「さァ、別にこれといって何も有りません。新自由党に入っております」
「ああ、それは保守党の中に入ります」(ブラックネル伯爵夫人、ジャック、第一幕)
これは「共産党支持してるの? あぁ保守主義なんだね」みたいな感じなんだろう。なるほど、時代と場所が移ろっても変わらないものもあるってわけだ。
「セシリーさん、記憶こそ私等が皆肌身を離さず持っている日記なんですよ」
「ええ、でも記憶は、ありもしなかった事や、ある筈もない事を書き留めるのがお通例でしょう。貸本屋のムーディが送ってくる三巻続きの小説は、大抵全部記憶を基にして拵えたみたいだわ」(セシリー、プリズム、第二幕)
これなんかは「人は自分の経験したことしか書けない」みたいな言説に対する良い感じの皮肉になっている。ちなみに、ここで記憶のいい加減さをあげつらっているセシリー嬢は、日記に会ったこともない人物との恋愛沙汰の記録をつけている。
この本、岩波文庫版は初版発行から66年間で7回しか重版していない。在庫があるうちに買っておいたほうがいいだろう。