ゲルハルト・ハウプトマン『織工』
戯曲祭り三日目。今日の話題はシュニッツラーとともに、マン、ヘッセの一世代前を代表する作家ながら、昨今ではすっかり忘れられた観のあるハウプトマン。岩波でも全部絶版のようだ。さて、彼は本当に忘れてもよい作家か?
- 作者: ハウプトマン,久保栄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1954/05/05
- メディア: 文庫
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いいか、おらっ達あ、これまで間違っていた。遠慮なんぞしちゃあなんねえだ。(116ページ)
工場主ドライシゲルのもとで働く木綿綾織工たちは、うちつづく不景気のために苦しい生活を余儀なくされていた。老若男女の織工たちはやがてついにドライシゲルへの不満を爆発させ、暴動を始める。
時代的にはシュニッツラーと同世代ということだが、作風はおおきく違う。ライトで軟派(けなしているわけではない)な喜劇『輪舞』に対し、へヴィで硬めの『織工』といった感じである。どちらも私のストライクゾーンからは少し外れていた。『輪舞』は軽すぎ、『織工』は硬すぎる。それに、労働問題を扱った文学作品ということで、あの魂を震わす傑作『ジェルミナール』とつい比べて見てしまう。すると『織工』は質・量とも『ジェルミナール』には遥かに及ばない。扱っている問題の広さ、筋の複雑さ、人物造型、描写の迫力……むろん、戯曲と小説というスタイルの違いにもよるのだが。というわけで、これを読むよりは、ちょっと時間は余計にかかるが、ゾラ『ジェルミナール』を読むようおすすめしたいところ。読書中の興奮も、読書後の感動も、比較にならないほどたくさん味わえるはずだ。
正直、自然主義作家としては、ゾラが残っていればハウプトマンは忘れられてもいいんじゃないか、と思った。ただ『沈鐘』などの彼の後期の作品はまた作風がぐっと変わっているらしいので、そちらも近々読むつもりである。