ツルゲーネフ『ルーヂン』
ツルゲーネフのファンってどこにいるんだろう。
女地主ダーリヤのサロンに思いがけず現れたルーヂンという名の三十男。たくみな弁舌でたちまちサロンの人々を魅了してしまう。特にダーリヤの娘ナターリヤを。ルーヂンもナターリヤに思いを寄せるが、事はダーリヤに露見してしまう。ナターリヤは駆け落ちを迫るが、ルーヂンは腰が砕けてしまい、ダーリヤの地所をひとり逃げるように辞去する。
19世紀ロシア文学にはたびたび「高い才識を持ちながら何事もなすことなく終わる人物」というのが登場し、これを「無用者」と呼ぶらしい。ルーヂンはゴンチャロフのオブローモフとともに無用者の代表的キャラクターだということだが、方向性は正反対。基本的に寝ているけどいざとなるとキモが据わるオブローモフに対して、いかにも才知抜群といった風情なのに肝心なときに及び腰になるルーヂン。二十近く年下の女の子に惚れて惚れられて、だらだら自己弁護を連ねて逃走する場面は滑稽を通り越して気の毒である。しかも、ルーヂンが醜態をさらしている話のど真ん中に、ルーヂンの旧友レジネフがスパッとプロポーズを決めてしまうシーンを挟み込んでくるからツルゲーネフ氏もなかなか意地が悪い。
――もっとも、ピガーソフさんには、あなたのお説は分らないでしょうがね。自分自身しか愛さない人ですから。
―― それでいて自分を罵るのは、他人を罵る資格を得るためというわけですかな。(58ページ)
ダーリヤのサロンに通ってくる偏屈爺さんピガーソフに対するルーヂンの批評がブーメランになって突き刺さる。ついでに読んでるわたしにも刺さる。