書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』

ヘンリー四世 第1部

ヘンリー四世 第1部

ああ、諸君、人の一生のなんと短いことか!
だがその短い時も、みじめにすごせば長すぎよう。(第一部178ページ)

 リチャード二世から王位を簒奪したヘンリー四世だが、国内に多くの敵を抱えており、彼は後半生をかけてそれらの叛徒との戦いに明け暮れる。いっぽう、王子ハルは騎士フォールスタッフら無頼の仲間を引き連れ放埓な生活をしており、これまたヘンリー四世の頭痛の種となっていた。だがハル王子には英雄の資質が潜んでいたのだった。(『ヘンリー四世』)
 ヘンリー四世の死後、王位についたハルことヘンリー五世はフランスとの戦に着手する。イングランド軍は不利な情勢でフランス軍と対峙することになるが、決戦でフランス軍をおおいに打ち破る。(『ヘンリー五世』)

 『ヘンリー四世』に登場するフォールスタッフは、シェイクスピア文学の喜劇的キャラクターを代表する存在として有名だが、彼が引き立つのは掛け合いの相手であるハル王子あってこそだろう。そのやりとりの有様は、フォールスタッフが一言言えば王子は千言で返し、王子が一言言えばフォールスタッフは千言返すといった感じ。最初の掛け合いからしてすでにおかしくて、

おい、ハル、いま何時だい?

 というフォールスタッフの台詞に対して、王子の応答がこちら。

おまえの頭もすっかりガタがきたようだな、大酒ばかりくらって、晩飯がすめばすぐに服をはだけ、午後になればすぐに長椅子にごろ寝だ、おかげでおまえ、ほんとうに知りたいことをきくことさえほんとうに忘れてしまったのだ。だいたいおまえと昼の時間となんのかかわりがある? そりゃあ、一時間が一杯の酒で、一分が一切れの鶏肉で、時計の音がポン引きの声で、文字盤が女郎屋の看板で、おてんとう様が真赤な薄絹でチャラチャラ着飾った情欲に燃えるお女郎様だというなら話は別だが、でなければおれにはわけがわからんな、どうしてお前が昼の時間をたずねるなどという余計なことをしなければならんのか。

 『ヘンリー四世』においては、この年齢の差を越えて結ばれた漫才コンビが随所で話をひっかきまわすので、ともすればシリアスに落ち込みそうになる筋立てにもかかわらず、作品に喜劇的な空気が充満しているというわけだ。
 王子の性格は、反逆の英雄ホットスパーを一騎討ちで討ち取って周囲の評価を逆転させてから(というか、第二部に入ってから)も変わらず、なおも悪友のひとりポインズに「薄口のビールをグイッとやりたい」などとぼやき、フォールスタッフをからかうために給仕に扮装したりしている。
 ところがこの王子、もとより英雄的気質の持ち主でもあったが、王位に即位するや無頼の気質をかなぐり捨て、もっぱら英雄的気質のみを発現するようになる。フォールスタッフやポインズも退場してしまっているため、『ヘンリー五世』では彼の性格的な面白みがずいぶん失われてしまっている。
 ストーリー面でも、『ヘンリー四世』の複雑な構成に対して『ヘンリー五世』ではイングランド軍とフランス軍の戦いの進展という単純なシナリオであり、興味を惹く要素が欠けているのは否めない。

 時代背景は『リチャード二世』から直接つながる。そのため、『ヘンリー四世』を読む前に『リチャード二世』を読んでおいたほうがより楽しめる。もっとも、美味しいとこだけ読みたいのならば『ヘンリー四世』だけ読んでおけば充分。制作年代的にも時代背景的にも『リチャード二世』『ヘンリー四世 第一部』『ヘンリー四世 第二部』『ヘンリー五世』は五部連作といってよさそうだが、『ヘンリー四世』は中でも飛びぬけた出来である。